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バリスタ・岩井俊樹さんのコーヒーへの誠実な向き合い方

バリスタ・岩井俊樹さんのコーヒーへの誠実な向き合い方

岩井 俊樹, 佐々木 早貴

バリスタ・岩井俊樹(としき)さんが代表を務めるコーヒーブランド『YORI(ヨリ)』。現在は山梨県に拠点を置き、ご夫婦でコーヒーとコーヒーのための焼き菓子を提供しています。コーヒーに誠実に向き合う姿に、コーヒー愛好家のファンが多数。コーヒーに魅入られて進んだバリスタへの道のりや、東京から山梨県へ移住されたお話、多岐にわたるコーヒーに関する仕事歴を伺いました。

目次

  • “コーヒーが好き”から始まったキャリア
  • 現在は山梨県が活動拠点の『YORI』
  • 焙煎をもっと身近に、もっと気軽に
  • これからコーヒーを学ぶ人たちへ

“コーヒーが好き”から始まったキャリア

バリスタ・カフェアドバイザーの岩井俊樹(としき)さん。東京を中心に宿泊事業を展開する株式会社Backpackers’Japan(バックパッカーズジャパン)の正社員として、長野県のキャンプ場で働きながら、個人でコーヒーブランド『YORI(ヨリ)』を立ち上げ、イベントへの出店や、焙煎豆の卸し業などを行っています。

バリスタ YORI 岩井俊樹
『YORI』代表・バリスタの岩井俊樹さん

活躍は多岐にわたり、同社が運営する東京・日本橋にあるコーヒースタンド『BERTH COFFEE(バースコーヒー)』のアドバイザーを務めるほか、大阪・天満橋のホテル『Hotel Noum OSAKA(ホテルノウムオオサカ)』でバリスタトレーニングを行うなど、コーヒーに関わるさまざまなお仕事をされています。

バリスタまでの道のり

「僕が大学生のころにちょうどカフェブームがあって、いろんなカフェを紹介する、いわゆる“カフェ本”が多く世に出ていて。コーヒー好きだったので、そういう本を読みながら、コーヒー屋めぐりをするようになったんです。コーヒーの仕事がしたいと思うようになったのは、それがきっかけですね」

そこで、まずはチェーン店で働いてみようと、全国でカフェやコーヒー店を展開する会社に就職。ところが、チェーン店だからこそのむずかしさに直面したといいます。

「最初に配属されたのが東京・新宿の店舗で、とにかくお客さんの数が多かったことを、今でもよく覚えています。一日に1,200人から1,500人くらいお客さんが来るので、1人のお客さんに対してかけられる時間が、30秒から1分ぐらいだったんです。

そのうち、『これって僕じゃなくてもいいのかな』という気持ちが生まれて。もっとコーヒーにフォーカスした仕事がしたいと思うようになり、新しい場所を探しはじめました」

2023年開催 イベント 岩井俊樹 こども エプロン お手伝い
2023年に開催されたイベントでの岩井俊樹さん。お子さんもエプロンをつけてお手伝い中

あるとき、コーヒー屋めぐりで仲良くなったお店のかたに、転職の相談をした岩井俊樹さん。「あそこ、コーヒーやってるよ」と教えてもらったのが、その後勤めることになる『Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE(ヌイ ホステル&バーラウンジ)』(以下、Nui.)※。東京・蔵前にあるホステルです。

※Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE……株式会社Backpackers’Japan(バックパッカーズジャパン)が運営しているホステル

※株式会社Backpackers’Japan……「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」を事業ミッションに掲げ、東京と京都で計4軒の宿泊施設を運営する会社

「調べてみたら“玩具会社の元倉庫を改装したホステル”って書いてあって、『コーヒー専門店じゃないんだ、ふーん……』ぐらいにしか当時は思わなくて……。結局、そのときは行きもしなかったんですよ(笑)。

だけど、別のかたから『あそこ、従業員を募集してるよ』って、また言われて。それでやっと、コーヒーを飲みに行ったんです。そしたら、たまたまBackpackers’Japanの創業メンバーのかたがいて、その日のうちにいろんな話をして。全然コーヒー屋じゃなかったんですけど、ここで何か思いっきりやってみたい!という気持ちになって、入社を決意しました」

岩井俊樹さんが入社したときは、そのホステル『Nui.』は、オープンしてまだ2、3カ月目。カフェの売り上げは大きくは伸びておらず、経営陣には「今はカフェに人はいらない。ただ、将来的にカフェが忙しくなったら必要になるかも」と言われたそう。それでも入社の決意は揺らぎませんでした。

「はじめは、ベッドメイクや水回りの掃除を行う、宿泊のセクションで働きました。バリスタとして働けるようになったのは、働きはじめて半年後のことです。

正直にいうと、その半年間、本当にコーヒーの仕事ができるのかと不安になったり、心が折れそうになった瞬間もありました。だけど、宿泊しているゲストや地元の人、働くみんなが作り出す『Nui.』の空間がめちゃくちゃ新鮮で、楽しかったんです。

なにより、創業メンバーや先輩スタッフが、『次はこんなことがしたいね』『こんな景色を作っていこうか』などと話をしている姿を間近で見て、すごくわくわくしたというか、かっこいいなと思って。だから、なんとかやっていけたんだと思います」

コツコツと積み上げたコーヒーの知識

その後、カフェ運営も軌道にのり、晴れて『Nui.』でバリスタとして働けるようになった岩井俊樹さん。念願かなったバリスタとしてのスタート時は、どんな様子だったのでしょうか。

「先輩スタッフにエスプレッソのいれ方の手順とか、いろんなことを教えてもらうのが、まず第一歩。知識はある程度身につけていましたが、技術はほぼゼロ。教えてもらったことを休憩時間、仕事後、休みの日もひたすら繰り返して身につけました」

コーヒー屋めぐりやセミナーに参加しながら、すでに独学でコーヒーの知識を身につけていたそう。特に、テキストのように何度も何度も繰り返し読んだのは、2010年に出版された『珈琲の教科書』(堀口俊英著、新星出版社)

「もう、ボロボロになって、一冊まるごと暗記するぐらい読みましたね」

一般的には苦労する第一歩は、蓄積された知識のおかげでスムーズに進んだ様子。“思い立ったら即行動。実践で身につける”、という手もありますが、事前に学んでおくのも大切なこと。

「僕は本で学びましたが、これから学ぼうと思っているかたは、いまの時代、動画やオンライン教材も充実している。本にもいろんな種類があると思うので、自分の学びたい分野や、レベルに合わせて教材選びをするといいかもしれませんね」

多岐にわたるコーヒーの仕事歴

東京・蔵前のホステル『Nui.』で、バリスタとしてスムーズにスタートをきった岩井俊樹さん。ここから次々と経験を重ねていきます。

バリスタとして働き始めてから2、3カ月が経ったころ、京都で新たに立ち上がるホステルのカフェチーフに抜擢。京都へ赴き、約2年間、カフェ部門で勤務します。その後、今度は東京・日本橋でホステル『CITAN(シタン)』をオープンすることになり、そのタイミングで再び東京へ。

そのホステルに併設されるカフェ『BERTH COFFEE(バースコーヒー)』の立ち上げに携わることになります。現在もアドバイザーとして、同カフェに関わっていますが、アドバイザーとは具体的にどんな仕事をしているのでしょうか。

「うちのカフェでのアドバイザーという役職は、利益など数字を追うという部分ももちろんありますが、僕は『こうしたら、もっとおいしくいれられるよ』とか、『こういう手順でやったらいいよ』とか、スタッフのコーヒーに関するトレーニングやマネジメントに比重をおいてやっています」

Hotel Noum OSAKA バリスタトレーニング
同系列ホテルで、大阪・天満橋にある『Hotel Noum OSAKA』でのバリスタトレーニング風景(撮影/Yu Fuji)

「僕はいま山梨県に住んでいますが、東京にある『BERTH COFFEE』に今も携われるのは、スタッフみんながすごく大切にしてくれている場所だからですし、立ち上げに携わった僕の思いを積極的に吸収しようとしてくれているから。とても光栄ですし、うれしいですね」

コーヒーが好きで、コーヒーの仕事がしたいと強く願った岩井俊樹さん。さまざまな形でコーヒーに携わられてきたのは、ご縁やタイミングとのめぐり合わせもあったかもしれません。それでも、それを引き寄せたのは、ご本人の行動力と、コツコツと積み上げてきた知識があったからこそのように思います。

現在は山梨県が活動拠点の『YORI』

夫婦で作った『YORI』というブランド

岩井俊樹さんが、妻・都(みやこ)さんといっしょにコーヒーブランド『YORI(ヨリ)』を誕生させたのは、ともに京都から東京に戻り、一年が経ったころのこと。

コーヒーブランド YORI
コーヒーブランド『YORI』

「元々、妻は東京のカフェで働いていて。そこで焼き菓子を作っていたので、いつかいっしょにお店をやりたいね、という話はしていました。ただ、すぐに店舗を持つのはむずかしそうだったので、まずはブランドを作ろうか、と。

はじめは、二人で東京に戻ったらブランドを立ち上げよう、といっていたんです。でも、実際に東京に帰ったら、僕がホステルの店舗の立ち上げで多忙で……。それに加えて、コーヒー豆の焙煎も、機械がなかったり時間がなかったりで、間に合ってなかったんです。

でも、なんとかブランドは予定どおり作りたい。そこで、まずはお菓子の販売から始めて、イベント出店依頼などがあれば、ありがたく受ける……という感じでスタートさせました」

焼き菓子 無花果のグラノーラバー ラベンダーとイチゴのショートブレッド
妻・都さんが作る、コーヒーのための焼き菓子。「無花果のグラノーラバー」と「ラベンダーとイチゴのショートブレッド」
ラムレーズン ヴィクトリアケーキ エルサルバドル コーヒー
こちらは「ラムレーズンのヴィクトリアケーキ」。エルサルバドルのコーヒーと相性抜群だとか

「そのうち、友人から安く焙煎機を譲ってもらうことができ、やっと焙煎もできるようになりました。東京にいたころは、本当に小さくやっていた感じです」

いまではコーヒーの焙煎豆の卸しも行っており、東京の複数のカフェでも提供されています。

東京 江戸川区 瑞江 喫茶 HIDE OUT
東京・江戸川区瑞江にある「喫茶 HIDE OUT」(Instagram:@hideout_edogawa)も、パートナー店の一つ。懐かしさ感じるメニューやデザートに合う、甘く香ばしい深煎りのコーヒーを提供中
東京 台東区 入谷 アライ軒
東京・台東区入谷の「アライ軒」(Instagram:@arai_ken_official)では『YORI』のコーヒー2種類が楽しめます

店舗を持つ前に、『YORI』というブランドを作ったのには何か理由があるのでしょうか。

「店舗がないからブランドを作らない、作れない、というふうには全然考えていなかったんです。それは、僕が務めているBackpackers’Japanにいたことが大きいですね。

理念をすごく大切にしている会社なんです。そして、その理念を達成するために必要な行動をしている。そういう環境で働いていたのが、かなり影響していると思います。

だから、店舗というものに大きなこだわりはないんですよね。ブランド『YORI』として、どういう価値を世の中に届けていきたいのかと、いうことを大切にして活動していこうと思いました」

ショートブレッド 玄米粉 レモンアイシング ハーブ ドライフルーツ
コーヒーに寄り添うショートブレッド。玄米粉を使い、レモンアイシング、ハーブ、ドライフルーツなどで深い味わいに
オーダーメイド クッキー缶
ときには、オーダーメイドでクッキー缶を作ることも

ブランド名の『YORI』にはこんな由来が。

「『YORI』はいろんな意味があります。『from』という意味の“より”、『寄る』の“より”、『糸を撚(よ)』の“より”。ほかにも、『より良く』などに使う、“より”。

妻ともよく話すんですが、僕も妻もいろんな人と出会って、支えられて、今があります。お世話になった人たちとコーヒーを掛け合わせて、何か新しい価値を見出していけたら、と思います」

東京 千駄ヶ谷 コーヒースタンド Matilda
東京・千駄ヶ谷のコーヒースタンド「Matilda」(Instagram:@coffeestand_Matilda )でも『YORI』の豆を取り扱いがある

東京を離れた理由

クリエイター

コーヒーの仕事がしたいと、カフェも運営するホステル業の会社に入社。バリスタやカフェチーフを務め、同社でカフェアドバイザーとしてバリスタトレーニングなどを行う。2016年に夫婦でコーヒーブランド『YORI(ヨリ)』を立ち上げ、2022年に東京から山梨県へ移住。2025年にはロースタリーカフェを開店予定。

フリーライター。大阪在住。大学卒業後、株式会社オレンジページでアルバイトとして現場や料理を学んだのち、兵庫県・神戸の帽子ブランド「mature ha.」に就職。退職・出産を経て、ライターとして活動開始。好きか嫌いかはひとまず置いといて、とりあえずやってみるタイプ。今日も夕飯の献立を考えながら暮らしている。

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