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アシスタントを経て独立。料理家・植田有香子さんの原点は台所

アシスタントを経て独立。料理家・植田有香子さんの原点は台所

植田 有香子, 田中 祐子

料理家・管理栄養士として活躍しながら、YouTubeチャンネル『東京ソロごはん。』でレシピを発信中の植田有香子(うえた ゆかこ)さん。雑誌や企業のレシピ開発、自身のSNSを通して、食の楽しさや可能性を伝え続けています。なぜ彼女は料理の道を選んだのでしょう。そして、どうやって「好き」を仕事にすることを実現できたのでしょうか。料理家になるための道のりと、支えとなっている原動力についてうかがいました。

目次

台所が原点。小学生のころに抱いた料理への興味

「小学校低学年のころから、夕食を作る母とともに台所に立っていました。共働きの家庭だったので、夕飯作りを手伝えば、そのぶん早く夕飯ができあがって、早く食べられるという気持ちだったのかも。小さいころから食べることが好きなんですよね」と笑う植田有香子さん。

「女の子だから手伝うとか、そういうことでもないと思います。三姉妹で姉が二人いますが、夕飯づくりを手伝っていたのは私だけでしたから」

学校から帰ると自分でホットケーキを焼いたりしていたこと。初めて作ったインスタントラーメンがうまくゆでられず、そのおいしくなかったラーメンの記憶が残っていること。失敗の記憶もきちんとあるくらい、食べることや料理を作ることへの興味が尽きず、少女時代の植田有香子さんは、ずっと料理が「好き」だったのです。

食べたいから作るという、とてもまっすぐな気持ちを持つ少女は、台所に立ちながら料理の基本的なことを自然に身につけていきました。

包丁さばき 人参 切り方 料理動画 卵サンド ツナサンド 東京ソロごはん
包丁さばきなど、技術の高さや美しさも魅力の『東京ソロごはん』。

そんな植田有香子さんの一つの転機になったのが、高校時代に出会った一冊の本でした。料理家・栗原はるみさんの著書『ごちそうさまが、ききたくて。』(文化出版局)です。当時、料理本の世界を一変させた本でもあるこの著書との出会いは、読者である植田有香子さんの人生も変えてゆきます。

「栗原さんの料理が日常や暮らしのなかにある、その世界観に強く惹かれ、〈こういう仕事がしたい〉〈料理の道に進もう〉とはじめて思ったのです」

「料理」という言葉から考えて、まずは調理師専門学校に進もうと決意した植田有香子さん。そんな植田さんに「料理を仕事にするなら栄養士の資格もとれる短大に進むのがいいんじゃない?」とアドバイスをくれたのはお母さんでした。

食品メーカーに勤務経験のあるお母さんからの「栄養士も料理を仕事にするひとつの道」という言葉は、植田有香子さんの心にストンと響いたのです。

料理準備 台所 調理風景 計量器 鍋 玉ねぎ 人参 野菜料理 料理手順 クッキング 家庭料
レシピの再現性の高さを追求するために常に計量。自称「グラマー」という植田有香子さん

「たしかに、家庭科の授業で『食品成分表』を見るのがすごく好きだったんです。この食材にこんな栄養素がどのくらい含有されている……というのを調べるのが、とても楽しくて」

そんな家庭科の授業の様子を知らなかったはずのお母さんの助言で、植田有香子さんは栄養学を学べる名古屋の短期大学に進学。進学先では、以前から興味のあった器や、テーブルコーディネートも学べる〈フードコーディネーター科〉を専攻することに。

名古屋で活躍されている、講師を務める先生たちの実践的な授業を受けながら、自然と「料理を仕事にする」ことを現実の目標として、身近に、より深く考えるようになっていったといいます。

料理動画 キッチン エプロン 女性 調理 野菜を切る 木のまな板 サンドイッチ作り 自炊 家庭料理
スタイリングの勉強は撮影の世界観作りに生かされている

「アシスタント」になる夢を抱き、チャンスを模索した静岡時代

すでに料理界で活躍する先生がたを目の当たりにし、短大を卒業したあとは、すぐに料理家のアシスタントになりたかった植田有香子さん。しかし、お父さんとの約束で、一度名古屋から地元・静岡に戻って就職をすることになっていました。

約束どおり地元に戻ってきてみたものの、植田有香子さんが思い描いているような料理の仕事が見つからず、就職先に選んだのは、栄養士としての資格を活かせる老人ホーム。しかも、管理栄養士としての資格がないと献立の作成などができないため、仕事内容は現場で調理のみを担当するものでした。

やりたいことと、実際にやっている仕事内容が一致しないなかでも、「やっぱり“料理の仕事”がしたい」という気持ちは薄れることなく、むしろ強く高まっていった時期だと植田有香子さんは言います。

そして頭の片隅に常にあったのは、「料理家のアシスタントになりたい」という思いでした。あちこちに電話をしたり、実際に体験をしてみたりして、チャンスを探しまわっていたなか、出会ったのが料理研究家が開催する短期講座です。

「栄養士」「料理研究家」という検索ワードで辿り着いた先生でした。実際にその先生の著書も持っていた植田有香子さんの行動は早く、早速二日間の体験コースに申し込み、静岡から上京して参加。そのたった二日間の体験で、「料理の世界でやっていこう」、そう自分の気持ちに確信が持てたといいます。

時代は、『作ってあげたい彼ごはん』のSHIORIさんが一大ブームを巻き起こしたとき。調理、スタイリング、カメラ、フードコーディネート、撮影と、料理を世に出すために必要なスキルを全部できたら。そんな気持ちから、それらすべてのスキルが学べるSHIORIさんの母校である、東京のフードコーディネータースクール「SUKENARI YOKO クッキングアートセミナー」に通うことを決意しました。

半年かけて合計20回も静岡から通いながら、学びたいと思っていたことを一通り学んだ植田有香子さん。料理を世に出すための多くのジャンルを学んだからこそ、そのなかで自分が一番惹かれるのは「料理そのもの」だと再認識したといいます。

グラスに注がれた炭酸水 緑茶 アイスティー ミルクティー コーヒー 飲み物の並び 食卓 トレイ
スクールでの授業の様子。テーマはドリンクの作り方

「料理のプロ」への第一歩。堤先生のアシスタント時代

料理そのものへと道をつなげるためにどうしたらいいか。そう考えた末、植田有香子さんはご両親の反対を押し切って上京します。

上京後に生活するためにしていた仕事は、食品メーカーのメニュー開発のお手伝いや飲食店のアルバイトなど、絶対に何かしら料理にかかわることでした。こうした努力も、料理家のアシスタントとしての道を模索する植田有香子さんにとっては当たり前のこと。

そして、そんな日々を過ごしていた植田有香子さんに、ビッグチャンスが訪れます。スクールの同期が、当時アシスタントを務めていた料理研究家の堤人美先生を紹介してくれ、アシスタントに入ることが決まったのです。

最初は専属アシスタントではなく、それまでしていた仕事もしつつ、始まったアシスタント生活。そしてその後、先輩が独立することになり、植田有香子さんの念願であった料理家の専属アシスタントとしての道が開かれました。そのとき、25歳でした。

「撮影当日は、カメラマンさんを“おまたせ”することがないように、すべてを整えておく。今思えば、いちばん頭を使っていた時期かもしれません」
と、貴重でいて大変だったアシスタント時代を振り返る植田有香子さん。

アシスタントの生活は、主に〈撮影のある日〉と〈ない日〉に分かれます。撮影の日は準備、撮影の補助、片づけが主な仕事。そうではない日は、日々、先生といっしょにレシピの試作をし、買い出しを行うなどの撮影準備が主な仕事です。すべてにおいて先を読み、現場がスムーズに回るように動く必要がありました。

堤人美先生からは、料理の考え方だけでなく、食材の選び方、買い出しの段取り、現場での気配りなど、「料理家」として生きていくうえでの基礎を徹底的に教わったと植田有香子さんは言います。

料理本 雑誌 スタック 山積み レシピ本 コレクション 本棚 読書 食文化 料理研究 書籍の積み重ね
アシスタント時代に携わった、堤人美先生の書籍の数々

「買い物をするにしても、ふだんの自分の生活でする買い物とはまったく違うんです。野菜だったら、状態のいいものを求めてスーパーをはしご。その日いちばん良いコンディションだったものを買います。

先生は、お肉屋さんも部位によって使い分けていました。とはいえ時間は有限なので、先生の判断や決断は豪速で。しかも力持ち(笑)。体力がめちゃくちゃあって、買い物も新幹線並みに早いんですよ。

買い物だけでも想像を超えた大変な作業。これは、現場にいさせてもらえて、堤先生だからこそ知れたこと。アシスタントをやりながら、こうした実践的な力をつけていくことができたと思います」

ほかにも学んだことは数多く、

「料理の撮影は、料理ができ上がらないと始まらないもの。“お待たせは悪”という名言は堤先生のものなのですが、撮影中にカメラマンさんを待たせないように、すべての準備を効率よくフル回転して進めることがとにかく大事です。料理をし、先生のサポートに入り、撮影メンバーに気を配り、現場の状況にアンテナを張る。あの時代が、いちばん頭を使っていたかもしれませんね」
と植田有香子さんは言います。

夢描いていた料理家のアシスタント生活はとんでもなく多忙で、とてつもなく有意義なもの。現場の雰囲気がよく、堤人美先生と笑いのツボがいっしょで、周りからひかれるくらい二人で笑い合っていたという、充実のアシスタント生活は5年ほど続きました。

サイン本 メッセージ入り 献本 手書きメッセージ 書籍 野菜料理本 あたたかいサラダ 堤人美
堤先生からいただいた言葉

独立のきっかけは、堤人美先生からのさりげないひと言。「ウエッティ(植田有香子さんの愛称)、そろそろ卒業だね」。その言葉が背中をそっと押してくれたといいます。

専属でアシスタントをやりつつ、アルバイトもかけもちする生活は続いていたし、ちょうど自分が何か始めたいと思っていたことをするにも、時間を確保するのが難しくなっていたころでした。とても自然に、まさに機が熟したかのように植田有香子さんは独立します。

夢は叶う。一人の料理家として歩みを進める

「もう何も教えることはない」と言ってもらえた円満独立。実際に言われてから、アシスタント卒業までには約半年の猶予がありました。堤人美先生や周りのかたから、「仕事の売り込みなどに使える作品集を作ってみたら?」と助言をもらうなか、ある編集者と話していたときに、ふと介護の話になったことで突然ひとつの考えが浮かびます。それが管理栄養士の資格取得でした。

料理ノート 記録 実験メモ 調理計量 ノートとペン キッチン風景
植田有香子さんのレシピノート

高齢者向けの介護施設に入所していた祖母がもらした「ごはんがおいしくない」というひと言が、ずっと心に残っていた植田有香子さん。残りの人生を過ごす〈介護施設〉という選択肢のない生活のなかで、おいしいごはんを食べられないなんて。管理栄養士の資格を取って、おいしいものを開発して提供してみたい、という気持ちが頭の片隅によぎったのだそう。

「高齢者のかたにとっての“おいしさ”って何だろうって考えたんです。いつかおいしい介護食を開発したい。そのためにも、今のうちにしっかりと勉強しておきたいと思いました」

アシスタント生活を終えた年末に心を決め、昼間は勉強、夕方以降は家事代行やアルバイト。わずか半年ばかりで、社会人の合格率が1割といわれる国家試験・管理栄養士に見事一発合格しました。

国家試験を受験し、独立後は営業活動も進めます。料理雑誌、ファッション誌を中心に売り込み。電話をし、アポを取り、実際に作品(ポートフォリオ)を持ち込んで営業活動をする日々。これまでの人のつながりがきっかけで、仕事が舞い込むようになります。

料理写真 レシピ撮影 メニュー写真集 野菜スープ 写真アルバム 盛り付け例 食卓イメージ フードスタイリング
営業などに使うための作品撮りやポートフォリオ

さらに始動させたのは、YouTubeチャンネル『東京ソロごはん。』(毎週金曜更新)。始めた理由は、「誰かからの依頼ではなく、自分発信で作りたい料理を作る場所がほしかった」から。

仕事というより、プライベートに近い感覚で始めたというYouTube。それが今では、その動画の視聴がきっかけで、実際に仕事の依頼がくるように。

「YouTubeは『私の仕事』の印象を形作る場になっていて、それがさらに新しい仕事につながってもいます」と植田有香子さん。

東京ソロごはん YouTubeチャンネル バナー 料理動画 レシピ紹介 一人暮らしごはん 家ごはん 簡単レシピ サンドイッチ 野菜料理
YouTubeのトップ画面

YouTubeの動画で紹介しているのは、一人暮らしのリアルな台所で作る日々の一皿。顔出しや音声などをあえて入れず、料理を作っていく時間と、それをいただく様子を自然体で映し出すチャンネルです。

映像は美しくもどこかほっとする雰囲気に、落ち着いた音楽と、植田有香子さんの説明テロップとともに流れる調理音。

撮影・編集は、現場で出会ったカメラマンとともに行っており、打ち合わせをしなくても、自然とあの雰囲気になったと植田有香子さんは笑顔で話します。

卵サンド ツナサンド サンドイッチ レシピ お弁当 ピクニック 簡単 朝ごはん 東京ソロごはん
人気のたまごサンドの動画

「私が機械音痴なので、そのカメラマンさんは、足りない部分を補ってくれるとても大事な相棒です。打ち合わせをせずとも、私が考えている世界観に仕上がっています。きっと、汲み取って撮影してくれているのかと。

私が大事にしているこの世界観は、自分が一人暮らしをしている“リアルな感じ”を崩したくなかったことから生まれました。

声を入れていないのは、私が〈声入れ〉がとっても苦手だから。テレビの仕事でアフレコの録音もしたのに、あまりに酷かったのかボツになったことがあるくらいなんですよ(笑)。最初は声を入れて撮影していたのですが、編集が大変になってしまって……。なので声はやめて、テロップを入れる今の形に落ち着いています」

料理動画 撮影風景 Canonカメラ 三脚 自宅キッチン 調理シーン ガスコンロ 鍋 料理研究 レシピ制作 YouTube
初期は動画一本の作成に撮影、テロップ入れ、サムネ作成で朝から晩までかかっていた

Youtubeは「好きな世界だけを追求しているわけでもなくなってきた」と植田有香子さん。雑誌に読者がいるように、視聴者に響くものを自分の世界観と調和させながら模索しているのだそうです。

「『器やせいろに興味があるんだな』『動画の雰囲気に合う音楽は?』『どういう人が作っているということが伝わる工夫って何だろう』と反響を受け止めながら、制作を続けています」

〈見てくれた人のごはんがちょっと楽しくなるような、体にいい一皿〉を意識し、相棒と植田有香子さんが無理なく更新できる「週1本」のペースで続けています。

最近では、YouTubeでの活動をもとにした冊子の制作も進行中。さらには、管理栄養士の資格があるからこそできる「おいしくて、体にやさしい、手軽に作れる」ミールキットの商品開発も、将来的にやってみたいと思っているそう。

カルボナーラ パスタ レシピ 東京ソロごはん 卵黄チーズ おしゃれごはん 一人暮らし料理 トマトパスタ 自炊ごはん
デジタルレシピブックの表紙(撮影/橋本真美 デザイン/樋口貴信)

好きだからずっとやめずに続けてきて、辿り着いた今。これからも好きなことをやり続けることができると、植田有香子さんは確信しています。それは、植田さんが「いつかやろう」じゃなく、いつでも「そのとき」が来たら自然と動けるように好きなことをやり続け、体も頭も心も常に鍛えてきたから。

どんなときでも強い意志で料理に向き合ってきた植田さん。好きを追求する植田さんの日々は、おいしいレシピをみんなに届けながら続いていきます。

2025.09.19

→Instagram:植田有香子(@ue_ta_)
→Instagram:東京ソロごはん。(@tokyo_sologohan)
→YouTube:東京ソロごはん。(@tokyo_sologohan)

クリエイター

料理家・堤 人美先生のアシスタントを経て独立。 管理栄養士の資格を取得し、料理家・フードコーディネーターとして雑誌、WEB等で活躍。YouTube『東京ソロごはん。』で、ひとりごはんが楽しくなるレシピ動画を配信中。愛称はウエッティ。

出版社やwebメディアでの編集経験を経て独立。ビジネス、人文、料理、インテリア、家事、旅行、医療など幅広いジャンルの編集・執筆を行なっている。

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