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「お店ではなく基礎教室を」パティシエ 細井奈緒子さんのスタイル

「お店ではなく基礎教室を」パティシエ 細井奈緒子さんのスタイル

細井 奈緒子, 佐々木 早貴

フランス菓子教室「L’Atelier du Gâteau Français(ラ トリエ ドゥ ガトー フランセーズ)」を主宰する、パティシエ・細井奈緒子さん。辻製菓専門学校を卒業後、同校に講師として10年務めたのち、独立して菓子教室を開講します。「パティシエ」というと洋菓子店を営むイメージですが、細井さんは「菓子教室の講師」の道を選択。細井さんが軸とする独自のスタイルと、その延長にあるこれからの展望を伺いました。

目次

  • お菓子作りとフランスに魅せられて
  • 教えることに向き合い続けた10年間
  • 菓子教室をするための3つポイント
  • 自分のスタイルとこれからのこと

お菓子作りとフランスに魅せられて

バイブルは『オレンジページ』

緑が多く、落ち着いた雰囲気が漂う大阪・北摂エリア。そんな北摂の街・千里中央でフランス菓子教室「L’Atelier du Gâteau Français (ラ トリエ ドゥ ガトー フランセーズ)」を主宰する細井奈緒子さん。お菓子作りを好きになったきっかけを聞くと、少し困ったような表情で「気がついたときには、もうお菓子作りが好きだったんです」と話します。

パティシエの細井奈緒子さん
パティシエの細井奈緒子さん

「小中学生のときの愛読書は、まさに雑誌『オレンジページ』です。今でもよく覚えているのは、シュークリームの特集号。それを見ながらシュークリームをよく作っていました」

当時読んでいたという『オレンジページ』(1995年3月17日号)
細井さんがよく読んでいた生活情報誌『オレンジページ』(1995年3月17日号)
家庭でも作りやすい材料と分量でシュークリームを紹介
記憶に残っているというシュークリームの特集

「家にある料理本のなかでも、特に料理家・藤野真紀子さんの『パリに行って、習ったお菓子』という本が好きで、今も大切にしている本です。中学生が作るには結構ハードルが高いし、何より材料が近所のスーパーで手に入るようなものではなかったんですが、家にある材料で工夫して作ってみたり」

料理研究家・藤野真紀子さんのレシピ本『パリに行って、習ったお菓子』(鎌倉書房/1991年初版)。フランスに興味を持つことになったきっかけの一冊

「本のなかに出てくる写真を見て、『フランスってこういう国なんや~』って思っていました。フランスに興味を持ったのは、この本がきっかけだったかもしれないですね。

お菓子作りは大好きでしたが、そのころはまだ将来の夢には全然つながっていなくて。将来の夢として考えるようになったのは、中学生になってからです。自分の将来について真剣に考えたときに、自分がやりたいと思えて、続けられるものは何かと思ったら、『あ、お菓子やん!』って。そこで初めて将来の夢になりました」

楽しすぎた辻調での学び

お菓子作りが大好きだった小学生時代から、中学、高校と、お菓子作りへの気持ちが変わらなかった細井奈緒子さん 。進学先として選んだのは、大阪󠄀にある辻製菓専門学校(※)でした。

※辻製菓専門学校…… 辻󠄀調グループが設立した、パティシエを目指せる大阪の専門学校。2024年4月より辻調理師専門学校と統合

「新聞で辻調(※)の小さな広告を見つけて、もう『ここだ!』って思いました。そもそもほかを知らなかったというか。だいぶ経ってから、ほかにも製菓学校があることを知りました(笑)」

※辻調グループ……食の世界で幅広く活躍する「食のプロ」を育てることを目的に、学校法人辻料理学館が運営する専修学校、および専修各種学校以外の教育機関の総称。大阪、東京、フランスと、学びの舞台を多く持つ

すでに入学前からフランス留学、そしてお菓子教室という未来図は思い描いていたそう。ここまでとてもスムーズな道のりのように思いますが、入学後に感じたギャップや苦労話も少し聞いてみたいところ。

「もう本当に毎日スキップするぐらい楽しかったです。こんなに楽しくていいんですかー!って(笑)。私の時代は1年制で、和菓子・洋菓子・パンを全部習うというカリキュラムでした。毎日自分の好きなことばっかりできて、楽しくて仕方がなかったですね。

フランスへの留学も考えていたので、フランス語の勉強も始めました。通常のカリキュラムにプラスして、週1回フランス語の授業を受け、フランス語の本を常に持ち歩いて。とにかく、それぐらいお菓子とフランスに夢中で、本当に全部楽しかったです」

フランスで感じた言葉の壁と仲間の存在

入学して1年後に学内テストを受け、ついに辻調グループフランス校へ。約1年間、フランスでどんなことを学び、どんな生活を送っていたのかお聞きしました。

「まずは半年間、寮で生活しながら、フランス校で製菓の実習と、語学を勉強しました。実習は、フランス校にいるフランス人のシェフたちの元で学びます。

語学に関しては、文法を勉強するというよりかは、明日使えるフランス語を学ぶ、という感じですね。マルシェでのフルーツの買い方や、お菓子屋さんに行ったときの聞き方などだったと思います。そして、残りの半年間は“スタージュ”といわれる実地研修に行くんです」

フランスのマルシェの様子
フランスのマルシェの様子。現地のいちごが並びます

実地研修とはどのようなものだったのか気になります。

「私の場合、国家最優秀職人章(※)を取得しているシェフの元で研修させてもらいました。いわゆる下働きです。シェフや職人さんから、『これやってみて』と仕事をもらい、やり方を教わります。

実地研修で苦労したのは、一番は言葉の壁。質問したいけど、なんて言ったらいいかわからないこともあって、すごくもどかしい気持ちになりました。あとは、1日のスタート時間ですね。朝がすごく早いんですよ(笑)。早朝3時、4時が普通で、遅くて5時。まだまだ学生気分だった身としては、つらい部分ではありました。

ただ、孤独感というものは意外となくて。というのも、私は、研修先が近い同期とルームシェアしていたんです。なので、寂しさはあまり感じていませんでした。とはいえ、週末にほかの同期のみんなに会えるときは、やっぱりすごくうれしかったですね」

※国家最優秀職人章……フランス文化の継承者にふさわしい、最も優れた高度な技術を持つ職人に授与される章。コンクールは4年に一度開催される。Meilleur Ouvrier de France、頭文字でMOF(モフ)ともいう

フランスのマルシェの様子
こちらもフランスのマルシェの様子

フランスで同じ時間を過ごした仲間を細井さんはこんな言葉で表現します。

「同じ釜の飯を食った仲っていうんですかね。今は頻繁に会うことはなくなりましたが、何かあったら相談するし、彼らの何気ない一言が今も心に残っていたり。友達だけど、兄弟みたいな不思議な感覚です」

教えることに向き合い続けた10年間

仕事以前に大きな組織で働く不安

辻調グループフランス校での学びを終え、日本へ帰国し、洋菓子店に就職。しかし1年後、働いていたお店が閉店することになってしまいます。そこから辻調で講師として働くことになる細井奈緒子さんが、こんな経緯があったといいます。

「働いていた洋菓子店がなくなることになったタイミングで、辻調の先生に会いに学校へ行ったんです。そしたら、『中途採用あるけど、どう?』と、その先生に声を掛けてもらったんです。『お菓子教室やりたいって言ってたよね? 教える仕事とかいいんじゃない?』って」

思っても見なかったチャンスに前のめりだったのかと思いきや、じつはかなり迷ったそう。

「仕事内容うんぬんの前に、大きな組織で働くということが不安でした。小さな規模感のほうが自分には向いていると、ずっと思っていたんです。なので、辻調グループという大きさに、自分は向いていないんじゃないかと思って、一度はお断りしたんです。だけど『教えるの向いていると思うよ』という先生の言葉に背中を押され、最終的には講師の道に進むことを決めました」

「辻調で働けたことは、私の財産です」と言う細井奈緒子さん。向いていないと思っていた大きな組織で働くために工夫したことや、実際に働いて身についたことは、どんなことだったのでしょうか。

「ありのままの私で働くのはやっぱり無理だったし、たくさんの生徒の前に立つには、自分を奮い立たせないといけない部分もあって、そのあたりの工夫はすごく必要でした。

正直、最初のころは『先生って言われるの嫌やなぁ』と思っていたぐらい。そんなとき、同じ講師である先輩から、『積み重ねることで自信もつくし、周りの先生をよく観察したらいい』とアドバイスをもらいました。言われるまま観察していくと、『あの先生の教え方が素敵やな』とか、『しゃべり方がいいな』とか、気づきがすごく多かったんです。

今では、ロールモデルがたくさんいることが、大きな会社で働くよさだと思っています。お菓子に対してこんな考え方の人がいれば、あんな考え方の人もいる。それを知れたのは、すごく大きいですね。

あと、やっぱりみんな“先生”なので、教えるのが大好きなんです。だから、何かわからないことや困っていることがあれば、必ず教えてくれました。独立した今は、わからないことがあっても、一人でその答えを探さないといけないけど、当時は隣にいる人に聞けば答えてくれるという環境。しかも、その答えが人それぞれ違ったりするから、そんなときこそ、メモですよね。メモメモ!(笑) そういう環境で働けたこと、何にも代えがたい時間だったなと思います」

次は講師としてフランス校へ

講師として働くうえで、人に教えるむずかしさを感じることはあったのでしょうか。

「伝え方については、毎日課題でした。どういう手順にするか、どういう言葉で説明するかなどは、すごく考えながら働いていました。授業全体を通して、こうしたら生徒たちがもっと動きやすい、集中しやすいかな、とか。うまくいかなければ、明日はこうやってみようかなとか。もう日々試行錯誤です」

細井奈緒子さんは辻調に就職する際、ある1つの目標を掲げました。それは、講師としてフランス校へ行き、現地で生徒のサポートをするということ。

「生徒としてフランス校に行ったとき、日本人の先生がたにすごく支えてもらったので、今度は私が、という気持ちでした」

日本でキャリアを積み6年が経ったころ、いよいよ講師としてフランス校へ。

「物理的に働く国は変わったけど、学校という場所は変わらないイメージです。自分が何かやり遂げよう!という気持ちではなく、生徒たちを全力でサポートするのが仕事」と細井奈緒子さん。

ご自身の学びとしては、休みの日にフランスの地方へ足を運び、お菓子作り以外にもフランスという国や、その文化に触れながら過ごした2年間だったそう。

フランスで特大ショートケーキ作りをする細井さん
フランスでお菓子作りをする細井さん。これは特大ショートケーキだそう

好きなことを仕事にするということ

フランス校から戻り、講師歴も10年に突入したころ、細井奈緒子さんはある決断をします。それは、辻調を辞めるということ。

「このまま一生続けるか、それとも違うことをするか、10年経った今決めようって。それで考えた結果、出した答えでした」

次の仕事が決まっていないタイミングでの退職に、不安や焦りはなかったのでしょうか。

「あまりなかったです。自分の時間を大切にして過ごしたい、と思っていたのもあったので。ちょうどそのころ、いっしょにフランスに留学していた友人がお店を出すことになり、お手伝いさせてもらったんです。

好きなことを仕事に、とかよく言うじゃないですか。私の場合、好きなことが仕事になったんですが、教えることばかり考えていたら、シンプルに『お菓子作りが好き』っていうことを忘れてしまっていて。

だけど、その友人のお店を手伝っていたら、学生時代に戻ったように楽しくて、お菓子作りが好きだったことを思い出したんです。『私、お菓子作るの好きやわ~』って(笑)。それで、お菓子教室をやろうと決めました」

2023年度最後のラボクラスのレッスン風景
2023年度最後のラボクラスのレッスンはキャラメル。パッションフルーツやチョコレートの色合いがかわいい
キャラメルのラッピング
その日の実習で作ったものを持ち帰るためのラッピング。一つずつていねいにオーブンシートで包みます。自分で作ったと思うと愛しさも倍増

菓子教室をするための3つのポイント

クリエイター

辻製菓専門学校を卒業後、講師として同校に就職。フランス校勤務を経て、大阪にてフランス菓子教室「L’Atelier du Gâteau Français (ラ トリエ ドゥ ガトー フランセーズ)」を主宰。フランス菓子初心者のみならず、カフェや飲食店の勤務者や、独立を目指して勉強中のかたなど、幅広い層の生徒が集う。

フリーライター。大阪在住。大学卒業後、株式会社オレンジページでアルバイトとして現場や料理を学んだのち、兵庫県・神戸の帽子ブランド「mature ha.」に就職。退職・出産を経て、ライターとして活動開始。好きか嫌いかはひとまず置いといて、とりあえずやってみるタイプ。今日も夕飯の献立を考えながら暮らしている。

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