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飲食業未経験から『Minimal』を立ち上げた原動力とは?

飲食業未経験から『Minimal』を立ち上げた原動力とは?

Minimal - Bean to Bar Chocolate -, 山下 貴嗣, 佐々木 紀子

日本のクラフトチョコレートの先駆け的存在のブランド『Minimal -Bean to Bar Chocolate- (ミニマル)』。立ち上げたのは、経営コンサルタントから未経験でチョコレート業界に飛び込んだ、山下貴嗣(たかつぐ)さんです。1年のうち4カ月程度は、自ら赤道直下までカカオの買付けに行ったり、国産カカオの栽培や収穫にチャレンジしたりと活動的。チョコレートだけに留まらず、原料のカカオ豆、さらにはカカオ農業についても日々学びを止めない姿を追いかけました。

目次

  • 経営コンサルタントを辞めてチョコレートの世界へ
  • 「Bean to Bar」の立ち上げに大きな影響を与えた3つの出会い
  • 物件を決めてからたった4カ月でお店をオープン
  • 順風満帆とはいかないカカオ豆の仕入れ
  • 『Minimal』のこだわりと挑戦
  • 大切なのは行動すること

経営コンサルタントを辞めてチョコレートの世界へ

「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」とは、カカオ豆から板チョコレートができるまでの全工程を一貫管理する製造スタイル。2010年頃にアメリカで「Bean to Bar」が〈クラフトチョコレート ※〉のムーブメントとして興りました。

※クラフトチョコレート……カカオ豆の選定から最終製品まで一貫して1つの工場で製造することで、高い品質管理を実現し、こだわりのある商品、深みのある風味に仕上げられるチョコレート

一方、『Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)』(以下、Minimal)が東京・富ヶ谷に誕生したのは2014年12月のこと。当時は、まだまだ日本にクラフトチョコレートや「Bean to Bar」という概念がなく、まさに『Minimal』は日本のクラフトチョコレートの先駆け的存在です。

Minimal チョコレート
『Minimal』のチョコレート

そんな『Minimal』を立ち上げた株式会社βace(ベース)の代表取締役・山下貴嗣さんの前職は、なんと経営コンサルタント。チョコレートはもちろん、飲食業界やスイーツ業界の経験なしから、どのように『Minimal』をスタートしたのでしょうか? また、チョコレートの世界との出会いは?

モノづくりを仕事にしたい!と30歳で会社を退社

新卒で入社した経営コンサルティング会社で、企業のコンサルティング業務や、新規事業の立ち上げに携わっていた山下貴嗣さん。2014年、30歳で会社を辞めることを決断しますが、その背景にはモノづくりへの強い想いがありました。

「モノづくりの仕事をしている人がかっこいいと思っていたし、憧れていたんです。モノづくりをちゃんとするということが、自分にとっても社会にとっても、いいことなんじゃないかなと思ったのが、会社を辞める一番の強い動機だったと思います」

学生時代からバックパッカーで世界を旅したり、仕事で海外出張に出たりと、いろいろな国を見てきた山下貴嗣さん。多くの国を見て、その文化や歴史、生活に触れたことで日本のよさを改めて実感したと話します。

「海外も楽しいんですけど、じゃあ本当に住みたい国ってどこかなって考えたときに、僕は日本がいいなと思ったんです。ただ、客観的に見ると、日本は人口が減っていくし、やっぱり量の部分で世界には勝てない、と。じゃあ日本は何をもって豊かな国を続けていけるのか、自分のやりたいことと、日本にとってちょっとでもいいことは何か、恩返しができることが何か、を考えたときにモノづくりがしっくりきたんです」

日本人の素晴らしさは、きめの細やかさだと話す山下貴嗣さん。

「食でいうと、発酵とか目に見えない菌みたいなところを追求していく。昔でいうと『二十四節季七十二候』といって、1年を72回季節が変わったように感じる。その心って素晴らしいなと。

それをきちんと技術や物を作るクオリティに変換できて、量ではなく質でいいものが作れれば、海外に提供できて外貨も取れる。日本人のきめ細やかさを生かしながら、モノづくりをしていく。それをグローバルスタンダードにしていく。ハイブランドにしていく。そういうことができれば自分たちのよさを出せるし、経済活動の中で質や対価に変換していける。

自分の中ではきちんとハイクオリティのモノづくりをして、作ったものをきちんとブランドにしてグローバルに展開していければ、日本にとっても社会にとってもいいし、自分にとっても気持ちいい。だから、なにかしらグローバルで勝負できる“クオリティの高いモノづくり”で、自分は仕事をしたいなって思ったんですよね」

ただ当時は、「Bean to Bar」のお店を開こうという発想はまったくなかったといいます。転職活動や海外の大学院への進学も視野に入れつつ、日本各地の伝統工芸の工房を中心に、モノづくりが盛んな場所を視察していたそう。

デンマークのデザインスクールの大学院への進学準備を進めていた、2014年の3月のこと。翌月の4月に1週間ほど現地に赴き、試験を受けることが決まったのですが、会社を退職するのは6月。まだ在職中だったため、進学試験を受けられないことが判明します。

「それで、どうしようかな……と。その当時、すでにアメリカのクラフトチョコレートに出会っていたので、チョコレートをやるのもおもしろいなって思って。なりゆきといえば、なりゆきです(笑)」

「Bean to Bar」の立ち上げに大きな影響を与えた3つの出会い

【1】本場アメリカで出会った「Bean to Bar」

2010年、ニューヨークを訪れた山下さん。そのときにブルックリンで「Bean to Bar」の火付け役ともいわれる『MAST brothers chocolate(マストブラザーズ チョコレート)』に足を運びました。

「クラフトチョコレートの雄としてメディアに取り上げられたり、店舗もすごくかっこよかったり。これが、最初の『Bean to Bar』との出会いでした」

【2】アメリカでムーブメントを興していたスペシャリティコーヒー

元来コーヒー好きな山下貴嗣さんですが、2010年に初めてアメリカで「Bean to Bar」を知ったのと同時に、スペシャリティコーヒー(※)とも出会うことに。

※スペシャリティコーヒー……コーヒーをカテゴライズする言葉の一つ。コーヒーの歴史と文化の変遷のなかで誕生した概念を表すもので、高品質なコーヒーを持続的に生産することを目的として、コーヒー豆の新しい供給スタイルを目指すムーブメントから生まれた

「2010年に渡米したときに、『Intelligentsia Coffee(インテリジェンシアコーヒー)』『Counter Culture Coffee(カウンター・カルチャー・コーヒー)』『Stumptown Coffee Roasters(スタンプタウン・コーヒー・ロースターズ)』というスペシャリティコーヒーの御三家が、全米中でどんどんロックスターになっていくという途上を肌で感じたんです。

コーヒーって苦いものだと思っていたんですけど、素材のコーヒー豆は農作物であり、酸味があったり果実味が合ったり、クリーンなものがあったり、こんなにも多様性があるんだってことを知ったのが、すごく衝撃だったんですよね」

当時は、日本に<スペシャリティコーヒー>という言葉もまだほとんど浸透していませんでしたが、おいしいコーヒーを探してお店を渡り歩くなかで出会ったのが、とある喫茶店でした。

【3】東京・中目黒で出会った日本のクラフトチョコレート

おいしいコーヒーを追求するなかで知人から教えてもらったのが、東京・中目黒にある1軒の喫茶店。そこで出会ったのが、のちに『Minimal』の創業メンバーとなり、現在エンジニアリングディレクター(チョコレートの味を作る責任者)を務める、バリスタの朝日将人さんでした。

「その喫茶店のオーナーであり、バリスタだった朝日は、コーヒーといっしょに自家製のチョコレートも出していました。そのチョコレートを食べたときに、柑橘の香りがしてオレンジみたいな味がしたんですよ。聞いたら、カカオと砂糖しか使ってないと言うので、嘘だろう?って衝撃が走ったんです」

ここで、2010年に出会った「Bean to Bar」がフラッシュバック。チョコレートでやっていこう、というきっかけになったそう。

物件を決めてからたった4カ月でお店をオープン

会社を退職する最後の1カ月を有給消化に当てて、6月からアメリカや南米、ヨーロッパへとカカオの産地や「Bean to Bar」のお店を見て回った山下貴嗣さん。

その際に、アメリカとヨーロッパで「Bean to Bar」のムーブメントの盛り上がりを実感し、いち早く日本でお店を出したいと、当初3カ月だった予定を1カ月早めて帰国しました。帰国して1週間以内に、現在の「Minimal 富ヶ谷本店」の物件を決め、クリスマスの時期に間に合うよう12月にオープン。

Minimal 富ヶ谷本店
チョコレートとともにカカオの魅力が詰まった旗艦店「Minimal 富ヶ谷本店」

物件の決め手は天井の高さと街の雰囲気

山下貴嗣さんが海外に行っているあいだに、ほかのメンバーが物件のリサーチを担当。じつは当初、現在の「Minimal 富ヶ谷本店」の物件は、候補から落とされていたそうです。

「住宅街で、駅からも遠い。なかなか人の目に止まらない。お店を出す条件としては、正直、悪条件だったんですけど、ここの天井高が気に入って。海外のカフェやチョコレート屋さんに行くと、天井が高くて空間的に気持ちいいんですよね。

基本的な物件は高さが2m80㎝くらいですが、ここは3m50㎝くらいあって。あと、富ヶ谷っていう場所が、すごく感じがいいなって思ったんです」

Minimal 富ヶ谷本店
天井が高く開放的で心地のいい「Minimal 富ヶ谷本店」の店内

順風満帆とはいかないカカオ豆の仕入れ

クリエイター

株式会社βace(ベース)が運営するチョコレートブランド「Minimal(ミニマル)」。世界中のカカオ産地を訪れ、良質なカカオ豆から職人が一つ一つ手仕事でチョコレートの製造を行う「Bean to Bar Chocolate」を生み出している。農家と協同して高品質なカカオを開発し、丁寧にシンプルに製造じて、“こころに遺る”チョコレートを届けている。

1984年岐阜県生まれ。大学卒業後、コンサル業界に就職。2010年に「Bean to Bar」文化に触れたことをきっかけに、2014年に独立し、未経験でチョコレート業界へ参入。株式会社βace(ベース)を立ち上げ、チョコレートブランド「Minimal(ミニマル)」を展開。1年のうち4カ月程度は、自ら赤道直下までカカオの買付けを行う。

編集・ライター。インテリア誌や生活情報誌の編集職を経て、40歳を過ぎてからフリーランスに。家事、収納、マネー、リノベーション、インテリア、料理など携わるジャンルは多岐に渡る。投げられた球はどんな変化球でもとりあえず打ち返すタイプ。

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