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古民家をアトリエに。柚木さとみさんの「おいしい」が生まれる場所

古民家をアトリエに。柚木さとみさんの「おいしい」が生まれる場所

柚木 さとみ, 片貝 久美子

ご自宅とは別に、自身のアトリエをお持ちの料理家・柚木さとみさん。カフェでの勤務や料理講師の仕事を経たのち、料理家として、都内で古民家をセルフリノベーションしてアトリエに。料理教室も主宰する柚木さとみさんにとって、アトリエの存在はとても大きく、それによって仕事の幅も広がったといいます。アトリエ運営の実情も伺いました。

目次

  • 「料理は苦手」という状態から、紆余曲折を経て料理家に転身
  • アトリエ「さときっちん」の誕生
  • 柚木さんが実感している、アトリエを構えるメリットとは?

「料理は苦手」という状態から、紆余曲折を経て料理家に転身

土台となったカフェでの5年間の勤務

料理教室「さときっちん」を主宰するほか、レシピ開発やフードコーディネートなど幅広いジャンルで活躍している料理家の柚木さとみさん。幼いころから食べることが好きだったようですが、料理を仕事にするとは考えてもいなかったそうです。

笑顔の柚木さとみさん
「さときっちん」を主宰する料理家の柚木さとみさん。柚木さんが作る料理はもちろん、弾ける笑顔もチャームポイントです

「両親が学習塾を経営していたので、私も大学を卒業したあとは塾を手伝うつもりでいました。でも、私が卒業するタイミングで、大学に入ってからずっとアルバイトをしていた吉祥寺のカフェの社員さんが辞めることになって。『1年でいいから社員として働いてほしい』といわれ、『1年ならいいか』と思って入社することにしたんです。結局、そこから5年も勤めることになるんですけど(笑)」

入社後ほどなくして店長となった柚木さとみさんは、接客をメインとしつつ、アルバイトの子たちのシフト管理、新規スタッフの面接や接客指導を担当。入社から4年が経つころには4店舗を統括する立場となり、多忙を極めました。現在の柚木さんの姿からは信じられませんが、当時は「自炊はまったくせず、外食ばかり。むしろ料理に対しては苦手意識すら持っていた」そう! その気持ちに変化が生まれたのは、そのカフェを辞めてからのことでした。

「接客も楽しかったですし、店長としての仕事にやりがいも感じていたのですが、入社から5年、ずっと走り続けてきたのでいったん休みたいなって。『3カ月は何もしない』と決めて、会社を辞めました。当然収入もなくなるので、そこからは節約も兼ねて自炊をするように。そこで役に立ったのが、食べ歩きの経験でした。じつは、勤めていたカフェの系列に和食屋さんやバーなどいいお店がたくさんあって、ちょくちょく食べに出かけていたんです。

そうやって5年の間にいろいろなお店でおいしいもの食べているうちに、自然と盛りつけの仕方だったり、食材の組み合わせ方だったりがストックされていったんだと思います。『あのお店で食べたあれがおいしかった』みたいなものをなんとなく再現したら、違うものなんだけど、なんかおいしくできたりして。自炊を始めたのがきっかけで、少しずつ料理をするのが楽しく感じるようになっていきました」

多忙な日々のなかで「料理」が心の拠りどころに

とはいえ、柚木さとみさんが料理家になるのはもう少し先の話。
3カ月お休みをしたあとは、友人の小料理屋さんを手伝ったり、カフェの立ち上げに携わったりと、〈食〉をベースとした仕事で経験を積んでいきます。

「再び仕事をするようになってから1、2年の間に、〈カフェプランナー〉と〈フードコーディネーター〉の資格を取得しました。
カフェプランナーは、もともとお店の空間というのが好きで、吉祥寺のカフェでアルバイトを始めたのも、そのお店のインテリアとか雰囲気が気に入っていたからなんです。社員になってからはスタッフが動きやすいように物の配置を変えたり、改装時には動線を提案したりすることもあったので、資格を持っていたらいいかなと思ったんですよね。

そのころにはだいぶ料理をするようになっていたんですけど、プランナーとして立ち上げから携わったカフェの仕事を通して、空間や接客だけでなく、食についてもっと学びたいと思ったことがきっかけとなって、フードコーディネーターの資格も取ることにしました」

時を同じくして、友人たちを自宅に招いて手料理を振る舞うようになったという柚木さとみさん。最初に立ち上げたカフェを辞めたあと、フードコーディネーターの資格を活かして、料理家のアシスタント業務や2度目のカフェ立ち上げなどに従事しました。肉体的にも精神的にもハードワークをこなすなかで、心の拠りどころとなったのが〈料理〉だったそうです。

柚木さとみさんの料理。野菜をふんだんに使い、洗練された素材の組み合わせや盛りつけが素敵

「どんなに忙しくても、友人たちを招いての〈宴〉だけは開くようにしていました。仕事で心が折れそうなことがあっても、『宴の時間こそが私の時間。それさえあれば大丈夫』と思ったら頑張れたんです。
このころくらいから、食はもちろん、自分の〈暮らし〉というのを考えるようになっていったかもしれません」

アトリエ「さときっちん」の誕生

さときっちんの看板
入口に置かれたさりげない看板が目印です

仕事をしながら、少しずつ自分の生活を見直していった柚木さとみさん。大手料理教室で講師を務めるようになってからは、友人に限定して自宅で料理を教えることもあったといいます。しかし2011年、その門戸をさらに開こうと新たに引っ越した先で、思わぬ事態が発生しました。

「大家さんから急に『退去してほしい』といわれてしまったんです。入居から半年、まさにこれから教室を開こうと、室内をいろいろ改装している段階での通告でした。どうしよう!?となって慌てて探して出会ったのが、現在の〈さときっちん〉の元となる古民家だったんです」

現在のアトリエ〈さときっちん〉のキッチンスペース。木を基調としたやさしい雰囲気があふれています

古民家といっても当時は人も住めないくらいの状態で、設計や建築に詳しい友人からも「止めたほうがいい」といわれたほどの物件。それでもこの場所に決めた理由は何だったのでしょうか。

クリエイター

大学卒業後、カフェ4店舗の統括店長を務め、カフェプランナー、フードコーディネーターの資格を取得。カフェのプロデュースやメニュー開発、大手料理教室の講師など、食と食空間に関わる仕事を経験したのち料理家に。都内で古民家をセルフリノベーションしたアトリエで、料理教室「さときっちん」を主宰。レシピ提供をはじめ、“食”を含めた暮らし方の提案を行う。

フリーライター。週刊情報誌を制作する編集プロダクション勤務を経て、フリーランスに転向。インタビューを中心に活動しており、俳優やミュージシャンのほか、料理家や栄養士へのインタビューなど食関連の取材も多く手がける。

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