Articles
料理家・さなえごはんさんは「日常にときめきを生むレシピ」を発信

料理家・さなえごはんさんは「日常にときめきを生むレシピ」を発信

さなえごはん, 高丸 昌子

日々の暮らしに小さな草花を添えるように、日常を乗りきる活力となる高揚感を、多くの人に届けたい――そんな思いでレシピ発信を続けるSNSが注目されている、さなえごはんさん。料理家・フードコーディネーターとして、着実に活躍の場を広げています。個人で活動するようになって3年。幾度も転職を重ねながら、理想のイメージに向かって一歩ずつ、歩みを進めてきた道のりをうかがいました。

目次

  • 日本上陸前の「DEAN&DELUCA」に衝撃を受け、食の世界へ
  • 仕事を通して料理の知識を身につけ、夢のために資金を稼ぐ
  • 応募条件にもひるまずに手を挙げ、食の世界へ突き進む
  • 材料を買うところから、ワクワクするようなレシピを提案したい

日本上陸前の「DEAN&DELUCA」に衝撃を受け、食の世界へ

さなえごはんさんの活動のコンセプトは、「作ってみたい!」とときめくレシピをいつもの食卓に届けること。オリジナルレシピを各SNSで発信し(2024年12月現在、フォロワーはInstagram約2.8万人、X約2万人)、仕事でも料理家・フードコーディネーターとして、レシピ作成やスタイリング、ときには写真撮影も行い、さらにはケータリングまで、食の世界で幅広く活躍しています。

『DEAN&DELUCA』との鮮烈な出会い

そんな彼女のキャリアスタートは、意外にも出版業界の編集職。担当したのは料理本……ではなく、危険物取扱者資格の参考書、一眼レフカメラの使い方、といった実用書だったそうです。

「文章に関わる仕事がしたくて、大学4年の秋からインターンで小さな編集プロダクションに入り、そのまま就職しました。あのころの自分は甘かった(笑)。言われたとおりにやるのか、自分の判断でやるのかの線引きもできず、どうしたらいいのかわからなくて怒られてばかり。

しかも、毎日終電という働き方。心が折れてしまって、担当した本ができ上がっても達成感がなく、重版がかかっても全然うれしくなかったんです。疲弊していました」

1年と経たずに退職して休養。休養中は、カナダ・モントリオールにワーキングホリデー中の友人を訪ね、1カ月ほど滞在していました。東海岸から長距離バスでニューヨーク、ワシントンD.C.を訪れたとき、その近くのジョージタウンという小さな町で、偶然入った食料品店に衝撃を受けます。まだ日本に上陸前の『DEAN&DELUCA(ディーン アンド デルーカ)』でした。

「かなり昔のことなのに、今でも鮮明に店内の情景やレイアウトも覚えているんです。写真も撮ったはずなのに見つからなくて……あれは夢だったんじゃないかと思うほど(笑)。入口には色とりどりの花とフラワーベースがあって、中に入ると食品だけでなく調理器具なども。食まわりのものがずらりと並んでいて、ものすごい高揚感! 衝撃を受けました」

もともと食べることが好きで各地の食文化に興味があり、旅先では必ず現地のスーパーを訪れていたそうですが、このときの衝撃は特別だったといいます。

「野菜やお肉、デリカテッセンにはハムやチーズ……現地の人にとっては生活の場なんですが、キラキラして見えたんです。編プロの仕事で心が疲弊して、自分に自信が持てなくなっていたときに『楽しく生きていいんだ!』と思わせてくれました」

そこから、目指す方向が食に振りきれたと、さなえさん。

「どう考えても、これが私の原点です」

さなえ
ごはん SNS アイコン
左上がX、右上がInstagramのアイコン。下のロゴは名刺やnoteのアイコンにも使われている

あのときアメリカで見たような景色を目指して就職

『DEAN&DELUCA』に出会ったことで、目標が定まったさなえさんは、いつかカフェをやりたいと夢見ながら、まず輸入食材の小売店に就職しました。

「輸入食材を生活を彩る雑貨として届けたい、というコンセプトのおしゃれなお店でした。ドライフルーツやナッツの量り売りがあって、ベーグルやジェラートもあって。そんな考え方が当時の日本では目新しく、おもしろいなと思ったんです」

販売だけでなく、棚の商品を仕入れるMD(マーチャンダイザー)、商品開発、店長業務まで経験。カフェスペースを併設する店舗立ち上げの店長を任され、夢に大きく近づきました。それは社内でも初の試みで、メニュー開発も原価計算もなにもかも独学でした。

「軽食を出すなら、店頭にある商品を使ったほうが売り上げにもつながるなと考えて、メニューを開発しました。パオズ(中華パン)にスパムを焼いて挟んだものを出したり、最初のタピオカブームが来ていたのでドリンクに取り入れたり。いろいろ自分で考えていましたね」

4~5年勤めるうち、だんだん「自分でカフェをやりたい」という思いが強くなっていきました。

トマト ナツメグ カッテージ しらす ミント チーズ トースト コーヒー
トマトナツメグカッテージ&しらすミントチーズのトースト。ゆっくりいれたコーヒーとともに/SNSより

仕事を通して料理の知識を身につけ、夢のために資金を稼ぐ

最終目標は、あのとき『DEAN&DELUCA』で感じた高揚感を作り出し、多くの人に感動を届けること。そんなカフェを自分で経営するためには、資金とスキルが必要だと判断し、転職を決意しました。

輸入食材店では完全に独学で、手探りでメニュー開発をしてきましたが、それまで個人的にも料理教室に通ったことすらなかった、と振り返ります。

はじめて作ったのは、オリジナルのジャンクな肉料理

さなえさんは広島県出身。父親の転勤で引っ越すことになる高校2年生の春まで育った町は、「マクドナルドができたときにニュースになるほど、なにもない田舎」だったといいますが、そのぶん家庭でなんでも作る環境。ドーナツ生地が入った大きな保存容器を、お風呂の残り湯に浮かべて発酵させていた母親の姿を覚えているといいます。

食べる専門だった彼女が、はじめて自分で料理を作ったのは高校生のとき。ただただおなかがすいて、気まぐれで作ったものでした。

「豚こま切れ肉にころもをつけて揚げ、照り焼き味のソースにからめたんです。ジャンクでカロリーがすごい! これが思い通りの味にできたのがうれしくて、その後も何回も作りました。うちはカップ麺もあまり食べさせてもらえない家だったから、こんなものを食べていたら怒られそうだなと思って、親にはバレないように作って、おやつとして食べていました(笑)」

このジャンクな肉料理以外、料理をすることはなかったといいます。「母親の手伝いしようとしても、どうやって切るのかと聞けば『いつも食べているときに切り方を見てなかったの?』などと言われてしまって。教えてくれればいいのにー、と思っていました」

パリパリ チキンソテー トマトソース
大人になったさなえごはんさんが、繰り返し作っているのは、皮をパリパリに焼いたチキンソテー。いっしょに焼いたトマトをソースにするのがお気に入り/SNSより

プロの仕事に学ぶため、レストランのキッチンへ

自分でカフェをやる前に、まずはちゃんと食のプロの仕事を見て、スキルを身につけたいと思ったさなえさんは、求人広告で見つけた創作フレンチレストランのキッチンのアルバイトに応募。未経験者ながら、雇ってもらえることになりました。

「有名店からヘッドハンティングされてきたシェフの下で、まかないを作ったり、前菜やサラダ、デザートを盛りつけたり。人数が少ない職場だったので、いろいろやらさせてもらえました。『見て覚えろ』では効率が悪いと考えるシェフだったので、きちんと教えてもらえたのも、私にはありがたかったです」

ここでのアルバイトは1年足らずでしたが、一流シェフの仕事を現場で見られたことは、さなえごはんさんの大きな財産になりました。

資金稼ぎの「目的」を忘れないため、週1で副業

カフェを開くには、資金稼ぎも重要。ということで、つぎはアルバイトよりも効率よく稼げる派遣社員として、営業事務の仕事に就きました。

食とは関係ない事務仕事をしているあいだも、さなえさんは「何のためにお金を貯めようとしているのか、その目的を忘れてはいけない」と食関係の活動を続けていました。

友人や知人を相手に予約制の居酒屋を週1で営業したり、イタリアンのキッチン兼ホールスタッフとして週1で副業したり。ときどきケータリングをするようになったのもこのころです。

そんな生活を続けていたら、あっという間に10年の月日が流れていました。

応募条件にもひるまずに手を挙げ、食の世界へ突き進む

「こんなことを10年もやっていたらダメだ! 派遣の仕事は辞めて、食の世界に戻らなきゃ!と思ったのですが……自分の店を持つリスクを冷静に考え、資金繰りを計算したときに、それがペイできる自信がちょっとなくて」

同時に「もっと大きなスペースで、自分の世界観を伝えたい」という思いも芽生えていました。

「自分個人のお店で作るもので、来てくれた人にだけ与える感動には限界がある。もっと広く感動を伝えられる場所、知ってもらえる場所に行きたいと思ったんです。そう考えたとき、興味を持ったのがフードコーディネーターという仕事でした」

フードコーディネーターの求人にダメ元で応募

ある日、社員登用のフードコーディネーターの求人を見つけたさなえさん。応募条件に合わないところもありましたが、ダメ元で応募し、めでたく採用されました。

「そういうときに躊躇せず、『この条件には合っていないけど、やってみたいんです!』って応募することにしているんです。これは私自身、自分のいいところだなと思っています。

応募条件で引っかかったからといって、やらずに諦めてあとで『やっぱりやっておけばよかったのに』って思うほうが嫌。それでダメだったとしても、それ以上は何も起こらないじゃないですか。可能性をつぶしていったほうが、その後の人生にもいいと思っています」

社員フードコーディネーターの仕事は、イタリアンの新店舗のメニュー開発から、仕入れ、メニュー表やチラシ作りにポスティング、PR戦略や取材対応まで、多岐にわたっていました。

「ここでもまわりに経験者がいなくて。現場の調理長と相談しながらメニューを考えました。イタリアンだけでなく、隣接するベーカリーの商品開発もしたし、販路を広げるために近隣のレジャー施設に売りにも行ったし、なんでもやっていましたね」

トマト にんにく クルダイオーラ
トマトとにんにくのクルダイオーラ。さなえごはんさんの投稿は、パスタのレシピも多い/SNSより

SNSから個人活動が広がる

会社員としてお店を盛り立てるなかで、「『自分軸の世界』を作ってみたい」と思うようになった彼女は、このころ、さなえごはん個人のSNS投稿にも力を入れはじめました。好きな世界観・ワクワクする高揚感と相性がよいと感じたInstagramと、ほぼ同時にTwitter(現X)もスタート。

「ひとつの場所だけに重心をかけるより、2つ走らせてリスクヘッジしておきたい気持ちがあるんです。同じ理由で、Threads、Blueskyも開始当初から動かしています。しっかり計画していたわけではないのですが、続けているうちに、個人の活動につながればいいなぁとはうっすら思っていました。それにSNSはタダだし(笑)、しないよりはしておこうと思って」

おうちごはんの投稿へ舵を切ったSNSは、じわじわとファンを増やし、そこから仕事の依頼が舞い込むまでになりました。

鎌倉野菜の定期便サービス 小冊子
Twitter(現X)経由で、鎌倉野菜の定期便サービスのホームページ画像用の調理と、スタイリングの依頼が。その後、数年に渡り、関連する小冊子に掲載するメニューのレシピ開発と撮影を担当

あこがれのシェフとの面接で気づいた強みと課題

クリエイター

アメリカで訪れた、日本上陸前の『DEAN&DELUCA』に感銘を受け、食の道を志す。輸入食材小売店、創作フレンチ料理店などで、メニュー開発や調理業務を経験。2017年ごろからSNSでレシピ投稿を開始し、タイアップ用のレシピ提案や撮影、ケータリング用の料理、人気料理家のアシスタントなどを行う。

出版社勤務(飲食業界専門誌、育児誌、料理誌、女性誌など)を経て、フリーランスの編集者・ライターに。食や生活まわりのテーマを中心に、雑誌・書籍・WEBなどで執筆。人物インタビュー、市井の人への取材も大好き。お茶する時空間をこよなく愛する。

SNSでシェアする

いま注目のテーマ