
風に吹かれて宙を舞う桜の花びら。雨露に濡れながら咲くあじさい。瀬戸内海に浮かぶ島々。朝露を帯びたふかふかの苔庭。藤原夕貴(ふじわら ゆき)さんが和菓子で表現しているのは、季節の移ろいとともに目に入る光景や、日常のなかで目に止まった風景、さらには恋心やうたた寝の気持ちよさなどの心の情景です。
どれも伝統的な技法や表現を取り入れながらも、形や色、着眼点に藤原さんらしい新しいアプローチが光る和菓子ですが、店舗を持っているわけではなく、イベントや個展で販売するのみ。というのも、藤原さん曰く「本業はグラフィックデザイナーで、和菓子職人ではないんです」。
なぜ、デザイナーとして働きながら和菓子を作るのか。藤原さんの学生時代まで遡り、その理由を紐解いていきます。
目次
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- 和菓子への道を歩んだのは、「デザイナー」になったからこそ
- デザイナーだからできる和菓子の表現を大切に
- デザインと和菓子づくりの相互作用
和菓子への道を歩んだのは、「デザイナー」になったからこそ
「デザイン」に憧れはあっても、どうすべきかわからなかった
藤原夕貴さんがデザインに興味を持ったのは、高校生のころ。進学校に通いながら、大学で何を勉強すべきか考え始めたときに「自分の好きなこと」として思い浮かんだと振り返ります。



「漠然とデザインに対するあこがれはありましたが、当時は進学校に通っていたので、そこから急に美大に行くという勇気はなく、まわりと同じ流れのままに大学へ行ったんです」
大学で就職活動を始める時期になり、「デザイナー」という仕事を知ってもなお、特別にデザインの勉強をしていない自分がなれるとは思えなかったと言います。そこで藤原夕貴さんが考えたのは、デザインや広告系の雑誌を扱う出版社に入るということ。
無事に入社し、デザイナーに取材したり、デザイン業界で働く人たちを見たりする日々が続きます。あこがれの世界に近づいたかと思いきや、それでも自分との間の溝は圧倒的に深いと感じていたそう。
「仕事で『デザイナー』と呼ばれるかたがたに接するほど、今の自分がやっている仕事とは違うな、と。デザイン業界に近づいてはいるけれど、実際に自分は何がやりたいんだろう、何になりたいんだろう、と考えるようになりました」
ほどなくして、あるデザインコンペで審査の過程を間近に見る機会が訪れます。
「審査員のデザイナーさんたちによるコメントを聞いていると、『伝えたいことがあり、そのためにコピーや、ビジュアルがどうあるべきか』が、ものすごくロジカルに言語化されていたんです。それまで、デザインはセンスや感覚によるものがほとんどだと思っていたのが、違う側面もあるんだと気づかされました。
同時に、感覚だけに頼らず、物事の本質を捉え、それを視覚的に表現することがデザイナーに求めらえるスキルだとすれば、自分にも可能性があるのではと思えたんです。デザイナーになるための『かけら』が見えた瞬間でした。やっぱり作り手になりたい、と思ったんです」
ずっとあこがれはあったけれど、踏み出せずにいた「デザイナー」という職種に対して、挑戦したいという気持ちがどんどん膨らんでいきました。

自分が何者かを伝える助けが、デザインだった
やがて、海外でデザインを勉強することも視野に入れて、美大予備校へ通うことに。平日は会社員として働き、週末は学生という生活が始まります。そんな中、たまたま面接をしたイギリスの大学からオファーをいただき、思い切って仕事を辞めて渡英。本格的なデザインの勉強をスタートさせました。
「1年目は辛かったですね。事前に英語を勉強していったものの、すぐに通用するわけではありません。英語もままならないうえに、デザインのスキルや経験もないので、作品でも自分の考えや人となりを表現することができず、まわりに“自分がどんな人間か”を伝えられていない、というもどかしさがありました」
慣れない言語に苦心しながらも助けになったのは、デザインだったと話します。スキルが身についていき、自分を表現することができるようになることで、楽になっていったのです。
「作品が自分を代弁してくれるものになると実感したんです。2年目でやっと自分自身を示せるようになって、クラスメイトにも理解してもらえた。意見交換とかグループワークでもなじめるようになっていきました」

デザイナーだからできる和菓子の表現を大切に
自身の強みを考えたときに浮かんだ和菓子の存在
クリエイター
出版社勤務を経て、ロンドンの美大へ留学後、グラフィックデザイナーとして広告・ブランディングを手掛ける。一方で、茶道を教える祖母の影響から「和菓子」デザイナーとしての活動も開始。独自の感性で自然や日常をテーマにした和菓子が人気に。イベントや個展での発表のほか、企業とのコラボ作品なども手掛けている。
フリーライター。出版社オレンジページに入社し、生活情報誌『オレンジページ』『オレンジページ インテリア』の編集を担当したのち、フリーランスに。暮らしやインテリア、カルチャーを中心に、雑誌や書籍、WEBで執筆・編集を行う。