
京都府宇治市で、チャイスタンド「創造と破壊のチャイ屋 Watte chai(ワッテチャイ)」を営む石原さんご夫妻。素焼きのカップに注がれたチャイを飲み干し、その場でカップを割るスタイルは、チャイの本場・インドさながら。妻・まきこさんに、お店やチャイについてお話をお伺いしました。
インドスタイルのチャイスタンド
インドに惹かれる理由
京都・宇治駅から徒歩約6分の場所にある『創造と破壊のチャイ屋 Watte chai』(以下、ワッテチャイ)。お店の外に椅子が2客のみ。基本的にはスタンディングでチャイをいただきます。

「チャイというよりチャイ屋が好き」という石原さんご夫妻がはじめたチャイスタンド。妻・まきこさんに、インドの魅力について尋ねると、「地域に根差した風習がすごく色濃く残っているところと、活気あふれるエネルギー」と言います。
さらに、インドの土着的なお祭りが大好きで、まきこさんいわく「とくに夫は、血気盛んな姿とかが、ゾワゾワするくらい好きなんだと思います」とのこと。
素焼きカップで飲むチャイ
若いころから、現地でインドの文化や風習に触れてきたご夫妻。「いつかチャイ屋がやりたい」と思うなかでこだわったのは、「素焼きカップでやる」ということでした。

素焼きのカップを“使い捨て”として使用するインドでは、「チャイを素焼きカップで飲み、飲み終えたらその場で捨てる」というのが基本スタイル。そういったインド式のチャイ屋にしようと、まずは友人にカップの製作を依頼。カップとして成立させつつ、投げたときには「パリン」と気持ちよく割れるようにするために、試行錯誤を重ねます。
そして、2013年にカップが完成したのを機に、イベント出店という形で活動をスタート。店名の『ワッテ(割って)チャイ』という言葉のとおり、素焼きカップを割るスタイルで注目され、2020年に京都・宇治市にお店をオープンさせました。
チャイ屋が好きで始めたチャイ屋
インドへの造詣が深く、さらに現地のスタイルを取り入れているのだから、これは“チャイ愛”もすごいのだろうと思いきや、「チャイが好きなのではなくて、“チャイ屋”が好きなんです。なので、私全然詳しくなくて(笑)」とまきこさん。

「チャイ屋をやっていると、『チャイが好きだからやってるんですか?』と聞かれることがあるんですけど、家ではコーヒーも飲むし、『コーヒーとチャイどっちが好き?』と聞かれたら、コーヒーって言ってしまうぐらい(笑)。
インドには、本当に至るところにチャイ屋があって、バスの待ち時間とかにさっと飲めるくらい、日常の中にチャイ屋があるんです。そういうインドのチャイ屋が好きなので、地元の人がふらっと立ち寄れるお店にしたいと思っています。
素焼きカップを割るというスタイルでやっていると、自然とそこに特別感とか付加価値が生まれてくることもあるんですけど、近所の人が休憩がてらに立ち寄ってくれるのが、じつは一番うれしいんです」

“カップを割る”というインドのスタイルは日本では珍しく、その部分がフューチャーされてしまうこともあるそう。それでもやはり目指すのは「インドにある普通のチャイ屋」だとまきこさんは言います。
「なんて言うんですかね、インドだと、チャイ屋はわざわざ行くような場所ではないというか……そこにあるから行く、みたいな。チャイが飲みたくて来ました!みたいな感じではないんですよ。本当にそんな感じ。だから『ワッテチャイ』も特別なお店にはしたくないんです」
じつは今回、営業時間と並行して受けていただいていたこの取材。いつものようにやって来た常連さんに、「いま取材受けてんねんけど、そこでいっしょに聞いてて~」と声をかけたまきこさん。終始穏やかな空気感と飾らない姿も、気軽に立ち寄れる理由の一つにもなっているようにも思いました。

仕事も子育ても選択の繰り返し
建築家を目指した学生時代

ここで、石原まきこさんのご経歴を。
建築を勉強するために大学へ進学したまきこさんは、いまでいうインターンのように、大阪の建築事務所で図面の描き方などを教わっていました。
ところが、そこで聞いた「建築家ほどいい仕事はない」という言葉に、「本当にそうだろうか」と疑問と違和感を持ったそう。
そこで、もっと視野を広げるために、当時好きだったフリーペーパーを発行する編集事務所に「ボランティアスタッフとして関わりたい」と自ら連絡。SNSがない時代に、チラシを置かせてもらうために、さまざまな場所へ一日に数十軒まわったり、企画展のお手伝いするようになったと言います。

そんなある日、まきこさんにゆくゆく『ワッテチャイ』につながっていく転機が訪れます。それは、編集事務所に届いた、古民家を改装したあるカフェギャラリーの運用の相談でした。
編集長とともに実際に物件を見に行き、そこに携わった大工さんや漆職人さん、庭師さんなどプロが作り上げた空間を見て感激。なんと帰宅後に発熱してしまうほど興奮したそう。
翌日、編集長から「カフェの運営、やってみいひん?」と言われ際には、「やります」と即答。開店資金として10万円を渡され、全面的に任されることになったのです。
さらに、レセプションパーティーまであと数日……というタイミングで、そのカフェギャラリーのオーナーから「雇われるより、自分でやったほうがためになる。全部自分でやってみたほうがいいよ」とまさかの提案が。
てっきり雇ってもらえると思っていたまきこさんは、とても驚いたそうですが、その提案を受け入れることに。「もう、とにかく身を任せて転がっていくしかないな、という感じでした」と当時を振り返るまきこさん。
「働く場所や形は違うけれど、今も昔も基本のスタンスはいっしょだと思います。チャイ屋をやっていなくても、何か自分でこういうことをやっていた気がします」と今に通ずる思いも明かしてくださいました。
生活スタイルの変化とともに
チャイ屋をやっていなくても何か自分で……という想い。それでは「チャイ屋」を選んだ理由はなんだったのでしょうか。

「前述のカフェギャラリーは、一区切りついたところで辞めました。そして、結婚して京都に移り住んだあとは、バイトをしながらのらりくらり過ごしていたんです。
でも、大阪時代の私を知る人たちからは、『なんかやらへんの?』ってずっと言われてて。迷っているうちに子どもが産まれて、そこから“子どもを抱えながらできることってなんやろう”と考えるようになったんです。
カフェのように種類豊富なフードやドリンクメニューを用意するのは無理だけど、インドのチャイ屋やったらできるかもしれないと思って。夫がずっと『チャイ屋がやりたい』と言っていましたし、夫婦でやるなら、もうこれはチャイ屋しかないなと思ったんです」

また、お店を構えたことについては、その土地柄が関係したそう。
「京都市内に住んでいたときは、店を構える気はなくて、イベント出店だけでずっと続けていこうかなと思っていました。だって京都市内って、店めっちゃあるじゃないですか(笑)。お店を持とうって話になったのは、夫の出身地である宇治に引っ越すことになったときです。宇治やったら店舗があったほうがいいかなって。なので、引越しを機に、店を持つことを考え始めた感じですね」
自分たちの生活スタイルの変化に合わせながら、その都度選択を重ねていく石原さんご夫妻の姿を垣間見れます。
子育てが落ち着くのっていつ?
現在一児の母である石原まきこさん。子育てしながらの働き方についても、お話をお聞きしました。

「子どもが0歳のときからイベント出店をはじめて、小さいときはイベントに行くことも面白がってくれていたので、よくいっしょに連れて行っていました。
小学校高学年ぐらいからは、留守番ができるようになって。少し手が離れたかな、なんて思っていたんです。だけど、いま中学生になって部活が始まったら、お弁当が必要だとか、どこそこへ行く準備が必要だとか、それはそれで大変で。
もっと楽になるかな~なんて思っていたら、こうきたか!みたいな(笑)。
2026年は少しペースを掴みながらできそうな気がしてるんですけど、受験が始まったりすると、また違う慌ただしさもあるかなと。次に手が離れたと思えるのは、高校生とか、自分で道を選び出したときなのかなと、最近は思うようになりました。落ち着くのはもうちょっと先かもしれません」
子連れインドプチ旅行記
石原さんご夫妻は、お子さんを連れてインドへ旅行したことも。1回目はまだ幼児のころで、2回目は小学生になってからだそう。そんな旅のお話も少しお聞きしてみました。

「1回目のときは、ほんまにちっちゃいときで、力車とかゾウとか、インドならではの乗り物に乗せてあげました。食べものは、基本スパイシーなものしかないんですけど、チャパティ(インドの薄焼きパン)とかバナナとかを食べさせて工夫しましたね。
2回目は小学5年生のとき。『インドのおじさんがおもしろい』ってずっと言ってました。日本との違いをすごく感じていたようで、トイレとか『海外のほうがシンプルでいい』って(笑)。日本とは違って、“人が人のことを気にしない”ことがいい印象だったようで、楽に感じたみたいです。
あと、インド人が自転車に“ぱふぱふ”って音が鳴るやつをつけてるのを見て、『あれがどうしてもほしい』と言い出したんです。いろんなインド人に聞いて探しまわったんですけど、全然見つからなくて。結局その1つを探すために、3時間ぐらい歩いたんです。でも文句も言わずにずっと歩いてて。楽しんでくれてよかったなと思っています」
13年間チャイを作り続けて思うこと
『ワッテチャイ』で提供するチャイについても伺いました。まずチャイとは、日本では一般的に「スパイス入りのミルクティー」のこと。
『ワッテチャイ』では、シナモン、カルダモン、グローブ、ジンジャー、ブラックペッパー、メースの6種類のスパイスが入ります。スパイスの選び方やチャイの作り方にはどんなこだわりがあるのでしょうか。
スパイスの選び方
「スパイスは、インドのものを仕入れています。コロナ前は、現地に行って探して……というやり方だったんですが、コロナ以降は現地のものを調達できる仕入れ先を見つけました。どうしても、というものがあれば、年に2~3回、夫がインドへ行くのでそのタイミングで、という感じですね」

「基本のスパイスは6種類。私の場合は、メースは気分によって入れたり入れなかったりします。今日はちょっと喉がイガイガしている人が多そうやな、と思えば配合を変えたり、爽やかにいきたいときはカルダモンを多めにしたり。
夫に関して言えば、しゃべりながら作ると分量をちょっと盛るくせがあるので(笑)、夫婦でスパイスの分量が違うこともあると思います」
お砂糖入りのチャイ
インドで実際にチャイを飲んだことがあるまきこさんに、インドと日本のチャイの違いについて教えてもらいました。

「カフェで働いていたこともあるので、だいたい入れるスパイスとか、作り方はわかってるつもりでいたんです。だけど、初めてインドでチャイを飲んだときに『これ、チャイちゃうやん』って。要するに、ダントツでインドのチャイのほうがおいしかったんです。
インドではチャイはすごく理にかなっていて。インドは基本的に暑いので、スパイスやしょうがで発汗させて、さらにお砂糖で体を冷やすんです(※)。ただ、最近はインドも健康志向になっていて、お砂糖を抜いたチャイも売っているみたいですね」
※血糖値が上がって一時的に体温が上がるが、その反動で体が体温を下げようとするそう
作り手によって味が違うのはいいこと?
夫婦でスパイスの分量が違うと言いますが、作り手によって味が変わることについて、まきこさんはどう考えているのでしょうか。
「同じ分量、作り方でやってても味が違うのは、その日の自分の体調や味覚の差、というのもありますよね。まったく同じ味を毎回出すことはできないけど、自分なりの“ベストな味”があるから、それに近づけるために毎日作る。だから飽きないんです。今日めっちゃおいしいやん!みんなこれ飲んで~!みたいな日もありますよ(笑)。
あとは、朝と夕方でも味が変わります。というのも、作る回数を重ねると、鍋にへばりついたミルクや茶葉のうまみみたいなものがどんどん出てくるので、味に差が出るんですよね。違いが出るのが当たり前というか。だからこそ、自分で作ってても楽しいんです」

いまでこそ、味の変化を楽しんでいますが、まきこさんにも「本当にこれでいいのかな」と思った時期もあったそう。その思いはどのように解決したのでしょうか。
「インド食器の卸しをされている、アジアハンター小林さんというかたがいらっしゃって、最近うちの店を訪ねて来てくださったんです。そのときに、いろいろなお話をさせていただいて、『味は、季節や環境、その日の体調などで変わるもの』と確認し合えたんです。むしろ、そこがおもしろいですよね、と。
チャイに関しては、本当はあまりうんちくを語るものではないと思っています。インドでいろんな人のチャイを飲んだんですけど、味も違うし、入ってるスパイスも違う。なんなら、スパイスが入ってなくても、チャイはチャイでした。
作り手の人柄が出るものやと思うから、『このおっちゃんのチャイ、おいしそうやな』と、雰囲気でピンとくることもあるんですよ。私たちは13年間やっててもこうなんだから、その変化を楽しんでもらえればいいのかな、って。私たちも楽しみながら、とにかくいっぱい作っていくしかないかなと思います」

ワッテチャイのこれから
継続させていくことのむずかしさ
『ワッテチャイ』のこれからについてまきこさんに質問すると、「正直、素焼きカップが結構大変で」とポツリ。
「最初は友人に作るのをお願いしていた素焼きカップも、いまは私もいっしょに作っていて。飲み干すごとに割るので、そもそも相当な数が必要なんですよ(笑)。
なので、まずはこの素焼きカップを作り続けていけるかどうか、そして、それを受け入れてくれる世の中が続くのかな、という不安はあります」

「割られたカップは、粉砕して再利用し、新しい器として再生しているんですが、いろいろ敏感な世の中になって来ていますから。合理的じゃない、という意見も出てくるかもしれない。でも、土の器で飲むことで、紙コップやプラスチック製のもので飲むよりもぜいたくな気分になる。そして、土の匂いも含めて、やっぱり一番をおいしいと感じて。なので、素焼きカップで続けていきたいなと思っているんです」

さらに「まだ夫にも言ってないんだけど……」と前置きしつつ、
「別々に店を構えるのはありだな、と思ったりしています。人を雇ってまで2店舗やろうとは思っていないんですけど、夫となら、離れた場所でそれぞれのチャイ屋をやるのもおもしろそうだなって。
私たちは、日本にもインドのチャイ屋みたいな場所がほしいよね、という思いでやっているので、『割る』というほかの目的でバズる、みたいなことは望んでいなくて。
ただ、お客様に来てもらわないと商売にはならないし、そこには自分たちの思いもあるし。そのラインがむずかしいなと最近は思います」
今後も環境の変化に合わせて、自分たちがやりたいことを選択し続けるのであろう石原さんご夫妻。SNSの広がりとともに、個人店が抱えがちな問題に対しても、お互いが心地よく楽しめるラインを探っているように感じました。
2025.08.29
クリエイター
南インドのスパイスをふんだんに使ったチャイ専門店。京都府宇治市に店を構え、土香る素焼きカップで本格チャイが味わえる。飲み終わった素焼きのカップは、その場で割って楽しめるのも本場インドのスタイル。割られたカップは粉砕して土に混ぜ、再び新しい器になる。素焼きカップは持ち帰りも可能。
フリーライター。大阪在住。大学卒業後、株式会社オレンジページでアルバイトとして現場や料理を学んだのち、兵庫県・神戸の帽子ブランド「mature ha.」に就職。退職・出産を経て、ライターとして活動開始。好きか嫌いかはひとまず置いといて、とりあえずやってみるタイプ。今日も夕飯の献立を考えながら暮らしている。