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錫器の魅力を料理で伝える「能作」のカフェ運営

錫器の魅力を料理で伝える「能作」のカフェ運営

西田 彰宏, 株式会社能作, 狩野 厚子

富山県高岡市に日本国内のみならず、世界各国からも観光客が訪れる注目のスポットがあります。老舗鋳物メーカー「能作(のうさく)」の社屋です。伝統工芸である鋳物の魅力を体験でき、錫(すず)の器で料理が楽しめるカフェも併設。SNSを中心に人気が広がり、富山の産業観光を語るうえで欠かせない存在となっています。
多くの人を惹きつける魅力は、どこにあるのか? 株式会社能作 代表取締役社長・能作千春さんと、カフェ「IMONO KITCHEN(イモノキッチン)」料理長・西田彰宏さんにお話をうかがいました。

目次

  • 創業108年、老舗鋳物メーカー「能作」とは
  • 新社屋に鋳物を体験できるカフェを併設
  • 錫の器の魅力を引き出し、体感してもらえるメニューづくり
  • 「能作」のストーリー、鋳物の魅力を料理で伝える
  • 製品開発のうえでも、「IMONO KITCHEN」は重要な存在に
  • 企業と製品の魅力を料理する

創業108年、老舗鋳物メーカー「能作」とは

古くから銅器などの鋳物の生産地として栄えてきた富山県高岡市。株式会社能作(のうさく)は大正5年(1916年)、高岡に伝わる鋳造技術を用いて鋳物の製造を開始しました。当時は仏具、茶道具などを中心に製造していましたが、近年はテーブルウェアやインテリア雑貨なども手掛けています。なかでも、世界初となる錫(すず※)100%の「曲がる器」が国内外で大ヒット。日本の伝統工芸業界を牽引する企業として、目覚ましい躍進を続けています。

※錫……金属のなかでも酸化や腐食しにくいのが特徴。変色も少ないため美しい光沢を長く保ち、金属特有の臭いがないことからテーブルウェアの素材としても人気が高い。

曲げたり伸ばしたり、自由に形が変えられる錫100%のバスケット「KAGO」シリーズ。“柔らかい金属”という錫の特性を生かした画期的な製品で、世界中で注目を浴びています
ジャンルを選ばずどんな料理にも合う錫の器。落ち着いた錫の輝きは、どんな料理も上品かつ華やかに演出してくれます

新社屋に鋳物を体験できるカフェを併設

そんな能作が「よりよい環境を整備して、お客様に製品を知っていただきたい、さらには製造の生産機能も拡張させたい」(代表取締役社長・能作千春さん/以下、能作社長)という思いを込め、ものづくりの背景にある「こと」「こころ」を伝える場として、2017年に新社屋を設立しました。

株式会社能作 代表取締役社長 能作千春さん。アパレル関連会社で通販雑誌の編集に携わったのち、能作に入社。製造や物流などさまざまな業務に取り組み、産業観光やブライダルなどいくつもの新規事業を立ち上げ、2023年に5代目社長に就任
美術館のような外観の能作の新社屋。周辺には富山県総合デザインセンターなど、富山の伝統工芸に触れられる施設も

新社屋は鋳物の工場としての機能を持ちながら、一般の人にも広く開かれた場です。工場見学や体験工房では鋳物の製造過程を学ぶことができます。製品を購入できるショップ、錫の器で料理を楽しめるカフェ「IMONO KITCHEN(イモノキッチン)」があり、さらには富山県内の観光案内スペースも併設されています。

決してアクセスがいいとは言えない場所が、連日多くの人たちでにぎわう様子は「富山の奇跡」と呼ばれることもあり、メディアなどでも取り上げられています。なかでも、カフェ「IMONO KITCHEN」は、「能作」が提供する初めての“飲食コンテンツ”としても注目されました。

カフェ「IMONO KITCHEN」。能作の錫の器で、地元の食材を使ったオリジナルの料理やスイーツが提供される

新社屋設立にあたり「食は欠かせない」と考えていた能作社長。
「工場見学や体験工房だけでも産業観光は成り立ちますが、来ていただいたお客様に富山の食を楽しんでいただく場、食を通して製品を体験していただく場を作りたいと思っていました。華やかで美しい見た目が魅力の錫の器ですが、実際に料理が盛りつけられた姿を見て、触れることで、錫ならではの質感をよりリアルに感じられます。また、家で実際に使うイメージを思い描きやすくなります」(能作社長)

錫の器の魅力を引き出し、体感してもらえるメニューづくり

新社屋を語るうえで欠かせない存在になっているカフェ「IMONO KITCHEN」ですが、「能作」にとっては初の飲食事業。メニュー開発はどのように進めていったのでしょうか。

「初めはとても悩みました。スーパーでいろいろなものを買ってきて器に盛り、なにが錫に合うかを試行錯誤することから始めました。富山ならではの食材をたくさん使うこと、手ごろな価格帯で気軽に楽しめるというところも外せない点でした」(能作社長)

能作社長と、カフェ「IMONO KITCHEN」 料理長 西田彰宏さん(左)

錫の器が美しく見え、かつ、富山県ならではの食材をふんだんに使う。そんなミッションのもと、「IMONO KITCHEN」の料理長・西田彰宏さんが試行錯誤を重ね、今のランチメニューが決まりました。富山県産の野菜をふんだんに使ったサラダをメインに、カレーやピザ、ベーグルなどを楽しめるセットメニューです。

ランチメニュー「いろいろベーグルセット」。富山県産米粉を使用した、ふわもち食感の焼きたてベーグルを4種類以上盛り合わせている

「錫は熱伝導が非常によいという特性があります。よく冷やした錫の器に冷たい料理を盛ると、より新鮮な状態でお客様に提供できるのがメリットです。そういう意味で、サラダは錫器にぴったりな料理」(西田さん)

大ぶりの錫器に葉野菜を中心に、ミニトマト、ラディッシュなど彩りのよさも考慮して選別された、旬の生野菜が10種類以上盛られています。メインになるフリルレタスは、年間を通して富山県船橋村の契約農家から仕入れており、水菜、小松菜なども県内産のものを使用しています。

なかでも、冬になると甘みを増す富山県産の小松菜は「とやまカン(寒)・カン(甘)野菜」※としてPRされている野菜のひとつだそう。「生の小松菜の茎の歯ごたえ、葉の独特のほろ苦さのある味わいが、酸味のきいたドレッシングによく合います。ぜひ召し上がっていただきたいです」(西田さん)

※とやまカン(寒)・カン(甘)野菜プロジェクト……富山県が県内冬野菜の生産振興を図るため、平成23年(2011年)からスタート。にんじん、かぶ、白ねぎ、寒締めほうれん草、寒締め小松菜、さつまいもなども「低温でゆっくり育てる」「寒気にさらす」「冬期に一定期間貯蔵する」ことで甘みが増す野菜16品目が、「とやまカン(寒)・カン(甘)野菜」に位置づけられている。

サラダプレートには錫のぐい呑みとピッチャーで、ドレッシングやデリ風サラダも添えられています。

野菜の鮮やかさが映えるサラダプレート

「ドレッシングは、にんじんや玉ねぎなどの野菜がたっぷり入っています。さらに、根菜類などの加熱したデリ風サラダを足すことで、生野菜、加熱した野菜、ドレッシングと、ひと皿で多様な調理法の野菜を楽しめます」(西田さん)

それに加え、「IMONO KITCHEN」ならではの狙いもありました。

「錫器に触れていただくための仕掛けでもあるんです。ドレッシングをかける、デリをめし上がる際には、必ず器を手に持ちます。持ったり、触れたりすることで、錫器ならではの質感をよりリアルに体感していただけます」(西田さん)

目で見るだけでなく、手で触ったり、重さを感じたり。サラダを通してさまざまな角度から錫器に触れることで、多くの人がその魅力に気づき、あこがれや愛着を感じているに違いありません。

西田さんは、辻調理師専門学校卒業後、ホテル日航関西空港、大阪全日空ホテルで、フレンチレストランでの業務に従事したのち、地元富山に戻りホテルや結婚式場で勤務。その後、富山県立美術館「Swallow Cafe」オープン時のメニュー開発などを経て、「IMONO KITCHEN」専属のシェフに

「能作」のストーリー、鋳物の魅力を料理で伝える

能作社長は今の時代ならではの発信のあり方として、「IMONO KITCHEN」のメニューにおいても「〈映える〉ことの大切さを感じている」と言います。新社屋開設の際、広告費用をかけていなかったそうですが、実際に足を運んでくれたお客様がSNSで情報を拡散してくれたことで、人気が広まっていきました。

クリエイター

辻調理師専門学校卒業後、ホテル日航関西空港、大阪全日空ホテルで、フレンチレストランでの業務に従事し、地元富山に戻りホテルや結婚式場で勤務。その後、富山県立美術館「Swallow Cafe」オープン時のメニュー開発などを経て、「IMONO KITCHEN」専属のシェフに。

創業1916年(大正5年)、富山県高岡市に所在する鋳物メーカー。創業当時は、仏具、茶道具などを中心に製造、近年はテーブルウェアやインテリア雑貨なども手掛ける。なかでも、世界初となる錫(すず)100%の「曲がる器」が国内外で大ヒット。日本の伝統工芸業界を牽引する企業として、目覚ましい躍進を続けている。

フリーライター。ファッション誌編集部などを経て、オレンジページに入社し、広告編集、ネット編集などの部署で10数年在籍したのち独立。現在は料理・生活まわりの記事の執筆・編集、電子書籍の制作を行う。近著に書籍『オレンジページPlus』シリーズ。

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