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〈食への愛〉を作品に! 消しゴム版画家・とみこはん誕生の道のり

〈食への愛〉を作品に! 消しゴム版画家・とみこはん誕生の道のり

とみこはん, 待本 里菜

オレンジページでも度々〈消しゴム版画〉のお仕事をお願いしている、とみこはんさん。人物や動物、モノのイラストも人気ですが、特に評判が高いのが〈食べ物〉の作品です。とにかくおいしそうで温もりを感じる仕上がりで、料理雑誌の挿絵や、食エッセイの表紙などでも大活躍。消しゴム版画家を目指したきっかけや、食べ物をモチーフとした作品に対するこだわりをお聞きしました。

目次

  • 趣味からスタート。学生時代から彫っていた消しゴム版画
  • 思いがけず芸能マネジャーになり、さまざまな経験を重ねて独立
  • 大好きな〈食べ物〉モチーフが評価され、代表作に

趣味からスタート。学生時代から彫っていた消しゴム版画

すき焼きのジュージュー、串だんごのもちもち、アジフライのサクサク……。見たとたん、おいしい音や食感など〈食の記憶〉を呼び覚まし、ほっこりと幸せな気持ちにしてくれる消しゴム版画家・イラストレーターのとみこはんさんの作品。〈消しゴムはんこ作家〉ではなく、パーツごとに消しゴムはんこを作り、フリーハンドで押して最終的にイラストとして完成させる〈消しゴム版画家〉です。

パーツ(素材)ごとに彫り、「料理を作るように仕上げていく」という、とみこはんさんの作品
色、形、風合いのすべてから“おいしそう!”が伝わってきます

いまや国内外のワークショップの講師、雑誌や本を飾る作品づくりにと、多忙な日々を送るとみこはんさんですが、プロの消しゴム版画家になる未来は想像していなかったそう。大学卒業後、9年間の会社員生活を経て、消しゴム版画家として独立しました。

「よく『美大出身ですか?』と聞かれるんですが、いたって普通の文系私立大学。演劇専攻だったんです。手先を動かすことが好きで、小道具のデザインとか制作を楽しくやっていました。初めて消しゴムはんこを作って友人に見せたとき、とても褒めてもらえたんです。彫りつづけられたのは、周囲に自己肯定感をアップしてもらえていたことも、大きかったと思います」

消しゴム版画との出会いは、学生時代。
「ナンシー関さん(※)の個展に行ったのがきっかけです。消しゴムとカッターからアートが生まれている!って感動して。帰宅してすぐ、家にあった文房具の消しゴムを、カッターを使って彫りはじめました。最初は落款(らっかん)を彫ってみようと気軽に考えて、〈冨〉という字を彫ってみたら、これが大変(笑)。まず、浮き彫りにしたいもののまわりを全部彫らなくてはいけないのですが、線の重なりや細かい要素が多くて複雑。初心者には難しかったです」

(※ナンシー関……1980年代中ごろから活躍し、消しゴム版画を世に広めた消しゴム版画家、コラムニスト。人物がモチーフのモノクロ作品を得意とした。2002年逝去)

消しゴムはんこや消しゴム版画が当たり前に浸透しているいまと違い、とみこはんさんが彫り始めた1990年代当時は、まだ黎明期。講座やワークショップなど、彫り方を習う方法がなかったとか。とみこはんさんは、誰に教わるでもなく、自室で毎日コツコツ彫っていたと話します。

「最初の慣れないうちは、消しゴムが壊れてしまうんです。どうやったら壊れないか、何度もいろいろな方法を試して。“消しゴム版画用”の消しゴムが販売されているのを知ったのも、途中から。今も同じ消しゴム版画用のものを使い続けています」

試行錯誤を繰り返し、独学で彫り方、手法を身につけたとみこはんさん。大好きな消しゴムはんこを、社会人になっても彫り続けたい。消しゴムはんこへの情熱を持ち続けながら、就職活動をしたと話します。
「会社員として働きながら、週末は趣味で消しゴムはんこを彫る。そんな人生を思い描いていたんです。消しゴムはんこ彫りとの両立を前提に、定時に帰れる事務職がいいな、と考えていました」

思いがけず芸能マネジャーになり、さまざまな経験を重ねて独立

大学を卒業し、アルバイト生活を経て入社したのは芸能事務所。「消しゴムはんことの両立」を胸に事務職を希望していたはずが、明るい人柄が見込まれて、なぜか芸能マネジャーに。

「周りは気配りができる人ばかりですごかったです。ひとりで絵を描いていれば楽しい、っていう子だった私が、気を配るとか、タイムスケジュールの管理とか、苦手なことばかりで戸惑いました」

慣れない仕事を持ち前のガッツでがんばりながら、休日は消しゴム版画制作にいそしむ日々。多忙ながらも着実に作品を増やし、ある程度の数になったとき、会社の近くに会場を借りて個展を開催します。その個展が人生の転機に。

「個展に来てくれていた出版社の人が作品を気に入ってくれて、『児童書の挿絵をやってみませんか』と、声をかけてくれたんです。自分の作品を求められたのがすごくうれしくて。でも、そのころには芸能マネジャーの仕事にやりがいも感じ、役職もチーフになっていたので、無責任なことはしたくない。まずは会社に相談してみたら、『ちゃんと話してくれたからOKです』と了承してくれたんです」

芸能マネジャーという業務をこなしながら、児童書の依頼を見事にやりきったとみこはんさん。消しゴム版画で仕事をすることの喜びを知り、彫ることを専業に考えはじめ、退職を決意します。

クリエイター

群馬県出身。消しゴムはんこを彫って絵を描く、消しゴム版画家・イラストレーター。食べ物や人物のモチーフを得意とし、書籍・雑誌・広告・Web等でさまざまなイラストを手がける。自身の創作活動と並行して、ワークショップ講師として日本全国、海外で消しゴムはんこの楽しさを伝えている。出会いをはんこにするのがモットー。

東京生まれ。タウン情報誌編集部、広告プロダクションを経てフリーライターに。主な仕事のジャンルは、旅ルポ、インタビュー、ラジオ番組スクリプト、商品コピーなど。動植物などの自然、書籍、映画、古典芸能などのエンタメ系が好き。

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