「ずっとそばにおいしい食べ物を」をコンセプトに、樹脂粘土でフェイクフードを制作しているおけまる。さん。その作風は、料理や食材たちを擬人化し、かわいくてクスリと笑える独特の世界観。繊細かつ絶妙な表現は、根っからのおいしいもの好きで、調理師の経験も持つおけまる。さんだからこそ生み出せるものでした。
目次
- 調理師を経て夢を実現。〈好き〉を仕事にして生きていく
- 人と違う表現を模索。唯一無二の世界観を見出したら、ちゃんとファンがついた
- おけまる。ワールドを守るため、こだわっていることは
調理師を経て夢を実現。〈好き〉を仕事にして生きていく
おいしいもの好き小学生、食品サンプル作りにハマる
「食べ物に生命を吹き込みます」―― そんな一文とともに、なんともかわいいフェイクフードの作品がずらりと並ぶ、おけまる。さんのInstagram(@oke.maru)。その世界観は、一度見たら忘れられません。
「ずっといっしょ」とばかりにベーコンを抱きしめるアスパラガス、ぷにぷにのモッツァレラチーズに寝そべるプチトマト、サングラスをかけて「ナンか文句ある?」とすごむ焼きたてのナン……。
親指サイズの小さな食べ物たちが繰り広げる、愛らしくもちょっぴり笑えるストーリーに、誰もが頬がゆるめてしまうはず。
おけまる。さんは、2024年現在25歳。ハンドメイド作家としては若手と思いきや、フェイクフード作品の制作歴は早15年ほど! そのきっかけは、小学校高学年のとき気軽な気持ちで参加したワークショップだったそう。
「食品サンプルを見るのが好きだったので、『食品サンプルで天ぷらを作ろう』という会に行ってみたら楽しくて。もともと食べるのも大好きで、家でも自分から料理を手伝うような子どもでした。ワークショップ以降〈食べられない食べもの〉に興味が出て、自分で作品を作るようになったんです」とおけまる。さん。
図工などのものづくりも得意分野だったおけまる。さんは、見よう見まねで紙粘土を使い、リアルサイズのホールケーキなどを作っていたとか。
食いしん坊が高じて調理師に。でもほどなくコロナが……
本やYouTubeをみながら、独学で作品作りを続けたおけまる。さん。中学・高校のころには、素材は樹脂粘土に進化しました。
「当時は友人が好きな食べものを作ってプレゼントして、喜んでもらうのがうれしくて。リアルなミニチュアサイズのパスタやおにぎりを作って誕生日にあげたり、バレンタインに『腐らないチョコだよ』ってチョコレートを作ってあげたり」
題材は一貫して食べ物。でもこのときは、まだ作品作りはあくまで〈好きなこと〉のひとつだったといいます。
「作家になりたいという夢はあっても、やっぱりそれで食べていくのはむずかしいのもわかっていました」
ものづくりは好きだけれど、職業にするには不安。多くの人が考えるのと同じように、10代のおけまる。さんも、作家になるのは現実的ではないと考えていました。
それでも、食べることが好きなのは相変わらず。食に携わる仕事として〈本物を作るほう〉、つまり調理師専門学校へ進学したおけまる。さんは、卒業後、料理人の道へ進みます。
それまでは高価で買えなかった作品作りのための機材や材料も、社会人の収入で買えるように。制作の基礎を学び直したいと、ミニチュアフード協会が主催するオンライン教室にも参加。趣味と割り切った作品づくりでしたが、環境が充実し、腕も上がっていきます。
しかし、世の中の状況を一変させる事態が。新型コロナウイルスの流行です。
飲食店が軒並み営業を自粛した代わりにできたのは、ぽっかりと空いた時間。自粛期間中は、ひたすら自宅にこもって作品を作っていたそう。
自分を助けてくれたフェイクフードを〈生業〉にしようと決心
今後も調理師として働いていくべきか。仕事の意義を見失いかけたおけまる。さんはやがて、「ものづくりを極めたい」と考えるように。
「調理師の仕事がきついときも、『作品づくりの材料を買うためにがんばるぞ』と乗り切っていたし、コロナで料理の仕事のあり方に悩んでいたとき、救ってくれたのも作品づくりの時間。私自身、ずっとフェイクフードに助けられていたんです」
フェイクフードがいかに大きな存在か。それに気づいたとき、「いつかものづくりを仕事に」という夢は、「ものづくりで食べていく」という目標に変化しました。
思いきって調理師の仕事を退職したおけまる。さん。Instagramのほか、ハンドメイドの通販サイト『minne byGMOペパポ(以下、minne)』で作品の販売を始め、作家としての一歩を踏み出します。ところが……。
「全然売れなかったです。人生そんなに甘くないですよね(笑)。でも最初から売れるとは思ってなくて、とにかく続けることが大事だと自分に言い聞かせていました」
人と違う表現を模索。唯一無二の世界観を見出したら、ちゃんとファンがついた
バイトしながらの作家活動。とにかくいろいろやってみた
当時の売り上げは多くて月3万円ほど。
「ハンドメイド業界では月3万円なら『それなりに売れている』ともいわれるけど、私の場合、もう趣味ではないですから。食べていかなきゃいけないから、このままだとやばいなって」
収入を補うため、週5日フルタイムでアルバイトをしながら、自宅にいるときはひたすら制作。
「たくさん作って撮りためて、毎週3~4作品をアップしていました。数を増やしていかないと誰の目にもとまらないですし、もう無我夢中でした」
今でこそキャラの立った作風で知られるおけまる。さんですが、当時はまだ作風も定まっていませんでした。
リアルな食品モチーフの作品を中心に、アクセサリーやブローチを作ったり、フォトフレームに貼りつけてみたり。中にはオクラ納豆のヘアピンやサイコロステーキの指輪など、なかなかとがった作品も。
ほかとは違う個性を出すためいろいろ試してみるものの、思うように売れません。
「不安はあったけど、それでも『だめかもしれない』とは思いませんでした。どこかに『自分は大丈夫』という自信もあって。やっぱりフェイクフードを作るのが楽しかったし、私の作品を好きだと言ってくれる人もいたし。当時は、買ってくれた方のレビューがすごく励みになりました」
ついに〈スライディング野菜〉がバズる!
Instagramと並行して、Twitter(現X)もやっていたおけまる。さん。ある日、Twitterに上げた作品写真がネットのニュース記事に紹介されたことで、一気にフォロワーが増えます。
それがこの〈スライディング大根おろし〉。
記事になる少し前から制作を始めた、野菜を擬人化したシリーズのひとつ。ホームベースに見立てた大葉へスライディングを決める大根が、躍動感たっぷり!
野球経験のないおけまる。さんは、ネットでさまざまな画像を検索し、大根の体勢やスライディングの角度、砂ぼこりのような大根おろしの〈おろし具合〉まで研究したのだとか。自分の身を削ってまでおいしさを提供してくれる(?)大根のけなげさにぐっときます。
さらに驚くのが、おろし立ての大根おろしの透明感。色合いのグラデーションといい、みずみずしさといい、思わず「おいしそう!」と言ってしまうほどリアル。繊細かつ絶妙な表現は、根っからのおいしいもの好きで調理師の経験も持つおけまる。さんだからこそ。
これが人生の初〈バズり〉。それからはどんどん作品が売れるようになったそう。
「必死で作品を作って、Instagramとminneに写真を上げたら1分で売り切れちゃう感じで。そんなこと初めてだったから、もううれしくてうれしくて。フォロワーさんも一気に増えました」
この〈擬人化〉シリーズが誕生したのは、ただ食べものそのものをリアルに作るだけでなく、動きを取り入れてみようというアイデアがきっかけ。それ以降、このシリーズをメインに制作するように。
今では、手足を持つ小さな食べものたちが繰り広げる、かわいくてクスリと笑える世界観がおけまる。さんの代名詞。2年ほど続けたアルバイトも辞め、現在は作家としての本業一本で生活しています。
あえて目をつけないから、想像力が広がる
〈擬人化〉シリーズを作るうち、おけまる。さんにもある気づきがありました。
クリエイター
「ずっとそばにおいしい食べ物を」をコンセプトに、樹脂粘土などを使用してフェイクフードを制作。「食べ物に生命を吹き込みます」という言葉どおり、キャラクター化された食べ物たちを生み出す。ほっこりしたり、クスッと笑えたり、見ると幸せになれるような作品を目指し、日々制作中。
フリーライター。東京・多摩で生まれ育ち、百貨店、出版社勤務を経てフリーランスに。日本各地の店舗や生産者のもとを訪ね、食の媒体を中心に執筆。趣味の飲み歩きが高じ、ライターのかたわら、日本酒やビール、ワインを扱う酒販店にも勤務。