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料理家を陰で支える「アシスタント」の仕事とは?

料理家を陰で支える「アシスタント」の仕事とは?

狩野 厚子

料理の撮影現場には、料理家やカメラマン、スタイリストなどのほかに、料理家の「アシスタント」と呼ばれる人がいます。料理の手伝いや後片づけなど、料理家のサポートに忙しく立ち働いています。現場に欠かせない存在ですが、仕事内容があまり知られていないのも事実。料理家・武蔵裕子先生のアシスタントを務める、五十嵐朝子さんに取材して詳細を伺いました。

目次

  • 「料理家のアシスタント」という仕事
  • 撮影当日の五十嵐さんの動き
  • 撮影前の大事な仕事は「試作」と「買い物」
  • 異業種からアシスタントに。ときには戸惑いやミスも
  • 料理に対する姿勢が変わり、家族や自分にも変化が

「料理家のアシスタント」という仕事

料理家 武蔵裕子先生のアシスタントを務めている五十嵐朝子さん。料理家の方針により、アシスタントの仕事内容はケースバイケースのことが多いのですが、メインの仕事は撮影時の調理サポートです。雑誌や書籍、テレビなど、武蔵先生の撮影がある際は五十嵐さんも同行して、下ごしらえから後片づけまで、調理のすべての工程のお手伝いをしています。さらに、五十嵐さんの場合は、試作や買い出しなどの撮影以外の業務も担当。武蔵先生の活動を幅広く支えています。

料理家 武蔵裕子先生の著書。「調理アシスタント」として、五十嵐さんのクレジットも記載されています

→(写真左)『レンチン1回! 野菜もとれる超ウマおかず』新星出版社

→(写真右)『食べて元気になる 55歳からのoneチンおかず』主婦と生活社

撮影当日の五十嵐さんの動き

撮影日のスケジュールは

撮影の日は「料理の品数や状況により、入り時間も終了時間もまちまちです」といいますが、標準的にはこのようなスケジュールで進むことが多いそう。武蔵裕子先生はご自宅の一部を、ご自身のキッチンスタジオにされています。

9:30ごろ 先生宅入り。材料やレシピ、撮影手順を確認
10:00ごろ 下ごしらえ開始
10:30ごろ 撮影スタッフ入り
11:00ごろ 撮影スタート
13:30ごろ 昼休憩
17:00ごろ 撮影終了
18:00ごろ 片づけ・掃除終了

朝いちばんに、欠かせないさまざまな確認事項

撮影では1日で30~50品もの料理を作ることも。驚くほど多くの品数を、いったいどんな手順で進めているのか。それぞれの工程を詳しくお聞きしました。まずは、朝の確認タイム。

「朝いちばんにスタジオ(武蔵先生宅)に入ると、キッチンまわりやテーブルなどをざっとアルコール消毒します。そして、その日に撮影するレシピを武蔵先生からいただき、先生と2人で材料やレシピのチェックを行います」

朝の打ち合わせは、撮影をスムーズに進めるための大切な時間。はじめに先生のレシピを見ながら、食材をチェック。状態がよくなかったり、分量に不安があったりすれば、この時点で追加の買い出しに走ります。撮影のテーマ(企画内容)、撮影する料理の順番、料理中のプロセスカットの有無なども確認します。

「撮影テーマも大事なポイントです。それを知っておくと、材料チェックや下ごしらえをするときにも、先回りして気づけることがあります。たとえば夏野菜の企画なら、野菜の色や形状などもしっかりと確認。下ごしらえの際も野菜が目立ち、きれいに見える切り方がいいのだろうな、などと、イメージがつかみやすくなるんです」

余裕があれば、冷蔵庫内もざっとチェック。急に予定外の食材や調味料が必要になったとき、何がどこに、どれくらいかあるのを把握しておくと動きやすいのです。スタッフが試食をする際の紙コップや紙皿、場合によってはコーヒーやお菓子の用意などにも気を配ります。

下ごしらえをスタート。段取りよく進めるコツは?

事前の確認が済んだら、準備できるところから下ごしらえをスタートします。野菜の皮むきや、素材を指定の大きさに切るところまでは、おもに五十嵐さんが担当。武蔵先生がストレスなく調理を進めるためにも、切り方や切り幅は大事なポイントです。mm単位、g単位の正確さや、スピードが求められることもあります。

うまく進めるコツをお聞きすると「わからないことは、なんでも先生に聞いています」と即答。先生から渡されるレシピは〈きゅうりは薄切り〉〈トマトを切る〉などと、ざっくり書かれていることも。そんなときはまず、「4mmですか2mmですか? 縦ですか横ですか?」と確認。さらに、2切れほど切って「これくらいでいいですか?」と、もう一度確認するそうです。

レシピに〈ねぎだれ〉とあれば、使うのはねぎの白い部分か青い部分か、またはその中間くらいか。キャベツを使うときは、しんを取り除くのか、あえてしんまで使うのか。少しでも疑問に思うことがあれば、つぎつぎと質問を投げかけます。

「先生が『わからないことは、いつでもなんでも聞いて!』と言ってくださるので、それに甘えてしまって」と恐縮ぎみに語りますが、勝手に判断せず、誤認を起こさないことはどんな仕事でも大事なポイントです。確認した事柄は、レシピにどんどん書き込みます。

また、下ごしらえを効率よく進めるコツは、“同じ作業をまとめてやること”だそう。「しょうがやにんにくのすりおろしがある場合は、レシピを全部チェックして1日に必要な分量を確認。まとめて作っておき、分量ごとに分けて冷蔵庫に保管しておきます」

合わせ調味料を作ったり、肉や魚に塩をふったり、室温にもどしたり、野菜を調味料に漬けたり……すべてのレシピに目を通し、武蔵先生とも確認しながら、先にやっておくべき作業を進めます。

参加しない打ち合わせも、聞き漏らさないように注意

そうこうしているうちに、カメラマンやスタイリスト、編集者などの撮影スタッフがスタジオにやってきます。撮影の準備が始まり、武蔵先生と編集者が撮影の手順などを最終確認。ときにはこのタイミングで素材が変更になったり、必要な撮影カットが増えたりすることも。

その打ち合わせに五十嵐さんが加わることはありませんが、作業をしながらも話の内容には耳をそばだてているといいます。「ただでさえ慌ただしい撮影前に、先生がもう一度私に説明するようなことは避けたくて」いろいろなところに気を配りながら、準備を進めていきます。

撮影中は、下ごしらえや片付けを同時進行

五十嵐さんが下ごしらえをした食材で、武蔵先生が料理を仕上げていき、料理撮影が始まります。完成した料理を撮影している最中にも、編集サイドの要望や、武蔵先生の調整が入ることも。なかでも、五十嵐さんが注意しているのが料理の彩りです。

「にんじんやパプリカなど、色の鮮やかな食材が入る料理のときは、素材の端や余りも捨てずに必ずとっておきます。ミックスリーフ、パセリなどの添え物が必要になりそうな料理のときは、できるだけ事前に準備します。料理が仕上がってから『彩りを足したい』というリクエストが入ったとき、そこから準備を始めると時間がかかって、料理の状態が変わってしまうこともあるんです。必要ない場合もありますが、とにかく先に準備しておいたほうが安心です」

撮影に使われる器はリースか、スタイリストさんの私物であることがほとんど。そのため、一品撮影が終わったら、その料理を試食用の器に盛り替え、撮影用の器は洗って、スタイリストさんにつど返却。あらゆる作業を並行しつつ、先生がレシピに手直しを入れたときは、それもチェック。同じような食材を使う料理も多いので、取り違えや間違いが起きないよう、撮影がどこまで進んでいるのかも確認しながら、料理の下ごしらえや片づけを同時進行で進めていきます。

試食を兼ねたお昼の休憩をとるときも、あまりゆっくりはできません。試食用の取り皿を用意したり、食後のコーヒーを用意したり。ひと足先に休憩を切り上げて、午後の撮影に向けて下ごしらえを始めます。場合によっては、昼の休憩時間がなく、夕方まで通しで作業を続けることも。

すべての撮影が終了してスタッフが帰宅すると、後片づけや掃除を行います。使った調理道具や器などはすべて洗い上げて元の場所に戻し、ゴミをまとめ、ふきんも洗濯。

武蔵先生と1日分のレシピの再確認も行います。撮影時に五十嵐さんが書き込んだ切り方や切り幅、調味料の分量変更などを改めて2人で確認。武蔵先生が最終的に必要な情報を書き足して、レシピが完成するという流れが多いそうです。

撮影前の大事な仕事は「試作」と「買い物」

試作は家族を巻き込んで行うことも

撮影のお手伝いがメインの仕事ではありますが、もう一つ大事なのがレシピの試作。スタジオで武蔵先生といっしょにレシピを開発することもあれば、五十嵐さんが自宅で試作をすることもあります。

調理道具や調理家電、調味料は各家庭によってさまざまです。武蔵先生のスタジオ以外のキッチンでも、同じように再現できるか確認することは、レシピ開発をするうえで大事なプロセス。先生のスタジオにも複数のコンロや機材がありますが、さらに必要があれば五十嵐さんの自宅でも試作をします。納得のいくレシピが仕上がるまで、2人で10回以上試作を繰り返したこともあるそうです。

また、自宅での試作はご家族が協力してくれることもあるそう。一概に〈レシピ〉といっても、テーマにより、求められるものはさまざまです。〈働き盛り、育ち盛りの健康な人にむけたスタミナメニュー〉を考えることもあれば、〈高齢者向けに柔らかさや食べやすさ、やさしい味つけなどを重視した料理〉を開発することも。そんなときに参考になる意見を寄せてくれるのが、五十嵐さんのご家族です。

「高齢者向けの料理なら、同居している母に食べてもらって感想を聞きます。〈初心者でも10分以内にできるレシピ〉というテーマの際は、娘に調理を頼んで私が時間を計りながら動画を撮影して、その様子を武蔵先生に見ていただいたことも。もちろん先生は、さまざまなニーズに対応するレシピもお手のものですが、『五十嵐さんのご家族はお母様、ご主人、娘さんと世代も幅広いし、リアルな感想が聞けて助かるわ』と言ってくださるので」
実際にご家族の意見を反映して、武蔵先生がレシピを仕上げることもあるそうです。

自宅で試作をする際の調理中のプロセス写真
自宅で試作をする際は、調理中のプロセスで気になるところがあれば撮影。状態を武蔵先生に確認してもらった実際の写真

普通の買い物とは異なる、“撮影ならでは”の買い物

クリエイター

フリーライター。ファッション誌編集部などを経て、オレンジページに入社し、広告編集、ネット編集などの部署で10数年在籍したのち独立。現在は料理・生活まわりの記事の執筆・編集、電子書籍の制作を行う。近著に書籍『オレンジページPlus』シリーズ。

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