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シェフ・料理家 麦ライスさんの徹底した「読み手ファースト」の投稿

シェフ・料理家 麦ライスさんの徹底した「読み手ファースト」の投稿

麦ライス, 土屋 朋代

東京都内の某レストランの料理長をする傍ら、X(旧Twitter)で24.1万人のフォロワーを誇る麦ライスさん(2024年10月時点)。「ちゃんとおいしい家庭向けレシピ」と、キッチンまわりの掃除や収納のライフハックといった「役立つ料理テクニック」を2大テーマに、現役のプロの料理人ならではの視点で発信される情報は、目からウロコなものばかりです。今回は、決して華やかではないけれど毎日の生活がちょっぴり豊かになる、シンプルなようで奥の深い麦ライスさんの投稿の魅力に迫ります。

目次

  • 未経験から料理の世界に飛び込み今は高級店の料理長
  • 顔出しNGな代わりにキャラクターで親近感UP
  • 徹底した「読み手目線」の写真がフォロワーの心を掴む
  • ポジティブな言葉を使うことで平和なアカウントに
  • 情報発信は受け手を優先した表現方法で

未経験から料理の世界に飛び込み今は高級店の料理長

東京都内の某レストランの料理長を務める傍ら、Xでも人気を集めている麦ライスさん。実名やお顔は公開していないにも関わらず、フォロワーから親しみを持たれ、愛される料理家です。

Xの麦ライスさんのアカウント(@HG7654321)。全料理好きがフォローしたい有益情報満載

もともと食べることが好きで、B級グルメから高級フレンチまで食べ歩きを楽しんでいたという、麦ライスさん。高校卒業後はサービス業に携わっていましたが、実家を出て一人暮らしを始めたタイミングで本格的に料理に興味がわいてきました。

料理人を志した麦ライスさんが勢い勇んで門を叩いたのは、都内の高級洋食店。このとき、麦ライスさんは調理学校に通ったり、飲食店勤務をしたり、といった経験はなかったそう。第一歩として高級洋食店を選ぶのは、とても勇気がいると思うのですが、理由を聞くと麦ライスさんのストイックな一面が垣間見えます。

「あえてむずかしそうな店を選びました(笑)。高級なほど、本物の技術者がいるようなイメージがあったんですよね。いきなりハードルが高いところに挑んで、どこまで自分ができるか試したかったんです。

僕は昔から、自分でハードルを上げがちな部分があります。苦しいけれど、そのほうが成功したときの喜びはひとしおなんですよね。アドレナリンが出るというか。趣味のゲームも、一番難易度が高いところからあえて始めるタイプです(笑)」

そんなやる気を買われて無事採用となったものの、料理人への道は甘くありません。

「当たり前ですけど、自らハードルが高いところに飛び込んでいるので、スムーズにはいきませんでしたね(笑)。料理の世界はとても楽しいですが、もちろん、厳しいことや、むずかしい面もあります。理屈として頭でわかっていても、なかなかすぐにできないことや、表現できないことがあって……。知識や経験を増やすだけでなく、感覚やセンスも必要なんですよね。そういった部分も、自分で努力して磨く必要がありました」

2~3年で基礎を学ぶと、そこからは紹介を受けて数軒のレストランで経験を積み、20代半ばで星つきシェフのもとに移籍することに。

「その星つきシェフのかたはとても料理にストイックで、妥協が一つでもあると信用が揺らいでしまうような、身が引き締まる環境でした。でも、それゆえ、料理の基礎はもちろん、料理人としての本質など技術や知識以上のことを学ばせてもらいました。心から感謝しています」

また、そのシェフのかたからは、とてもかわいがってもらったそう。

「『君のやる料理はおもしろい』と、僕のことを尊重してくれましたね。料理長になると、指示したり教える側になるので、どうしても学ぶ機会が少なくなるんですが、そのシェフのかたは向上心が強く、柔軟な姿勢で料理と向き合っていたのが印象的でした」

こうして、着実にステップアップしていった麦ライスさんが現在在籍するのは、食通たちを唸らす高級洋食レストラン。30代にして30名あまりの従業員を束ねる、若き料理長として活躍しています。

顔出しNGな代わりにキャラクターで親近感UP

そんな麦ライスさんがTwitter(現:X)を始めたのは、2019年のこと。

  • ちゃんとおいしい家庭向けレシピ
  • 役立つ料理テクニック

を2大テーマに発信をスタートします。

「どのジャンルでもそうですが、その道のプロしか知らないことって、たくさんあると思うんですよね。料理の世界も同じで、料理人にとっては当たり前でも、意外と知られていないことを一般のかたがたに伝えたら、みんなが喜んでくださるんじゃないかな、と考えたんです」

SNSアカウントでは、“中の人”が顔を公開することで個性を出すかたもいらっしゃるなか、麦ライスさんはあえて匿名を徹底。著書を出版し、有名になった今も、お顔写真はもちろん、個人が特定できる情報は一切公開していません。それは戦略的などではなく、素朴な気持ちからでした。

「僕に何かハプニングが起きた際に、家族や同僚に被害が向くことが怖いなぁという気持ちから、匿名で活動をしようと思いました」

その代わりに、と作ったのが冒頭にも登場した「麦ライス君」という愛らしいキャラクター。

ゆるさと親しみ感のある麦ライス君
Instagram(@hg.7654321)にも登場します

もともと絵を描くのが好きなこともあり、ほとんどノリで描いたといいますが、愛着が湧いてとても気に入ったので、このキャラクターに名前をつけよう!と思ったそう。

「名前は、Googleで検索したときに同じ単語で埋もれてしまうともったいないので、完全にオリジナルな名前を目指しました。覚えにくいのも残念なので、だれもが知っている単語を組み合わせて、わかりやすくしたかったんですよね。それで、“麦”と“ライス”で検索したら引っかからなかったので、これでいいかな、と。深い理由はないです(笑)」

ゆるいキャラクターとシンプルなネーミングながら、「情報に埋もれない独自性」と「覚えやすさ」という、SNSのアカウント作りに重要な2要素をきっちりクリアしています。

麦ライス君がフォロワーのみなさんにやさしくていねいに寄り添います

麦ライスさんは、Twitter(現:X)開設から間もなく、過去に投稿したものを見返せるようにと、同ネーム名でブログとInstagramもスタートしました。

公式ブログ『麦ライスのお家ごはん.com
こちらはInstagram

それぞれにファンのかたがいらっしゃいますが、麦ライスさんは「Xへの投稿が特にチャレンジ精神をくすぐられる」と語ります。

「“140字以内+写真”という発信がシンプルで、性格に合っているのだと思います。文字数に制限があって、無数の情報が流れていく……というなかで、いかに目に留まる投稿ができるか。それを考えるのが楽しいんです。その縛りが好きというか。高いハードルに挑むような感じで(笑)」

ある日のポスト

「ブログは文字数が無限なので、表現の幅はかなり広い。自由なところがメリットで、編集力があれば独自性の強い世界観が作れます。Instagramはタップしないとテキストが見られないので、どんな画像を1枚目に持ってくるかが大切になりますね。

各SNSには特徴があって、それぞれ得意なことがあります。例えば、Instagramではアルゴリズムによって、興味度が高いジャンルの投稿が出てくるのが特徴的。一方で、Xは幅広くいろんな層に届けられるのが魅力です。目的によって使い分けるのが理想ですね。

僕がXに魅力を感じているのは、なにより、Xは利用者が多いのでInstagramより生き残るのがむずかしい。InstagramよりもXのほうがハードルが高く感じて、テンションが上がったというのもあります。ちょっと変態的かもしれません(笑)」

徹底した「読み手目線」の写真がフォロワーの心を掴む

こうして、少しずつフォロワーを増やしていった麦ライスさん。2020年には、ゆで時間ごとに並べた卵の断面写真に、簡単なコツを添えたゆで卵の投稿が大バズり。この投稿でいっきに5万人ほどフォロワーが増えたのだそう。

誰でも簡単&確実に理想のゆで卵が作れます

「卵はもともと人気のジャンルだと思うんですが、断面のビジュアルがずらっと並んでいるのが、みなさんの目に留まっていただけたようです。

僕が発信するのは、どんな人がどんな条件でもできる料理。だからこの投稿も、室温だと季節や場所で変わるけれど、冷蔵庫ならみんな大体温度は一定と考えて、“冷蔵庫から出したての卵を使う”としています。

卵は、割らないと黄身の様子がわからないので、比較できるよう断面を並べてみました。すべてのゆで加減を覚えるのはとても難しいため、この時間表を印刷して冷蔵庫に貼るなど、ぜひご自由に活用していただけたらうれしいです」

たしかに、卵料理は簡単なようでむずかしいもの。「常温に戻してから」や「水からゆでる」などさまざまな方法があり、ゆで卵の正解を見つけられていなかったのは、筆者だけではないはずです。それでも、なんとなく火は通るから、とやり過ごしてきましたが、この時間表で長年のモヤモヤがスッキリ!

ゆで卵の投稿以外も、シンプルでひと目で認識しやすい投稿が、麦ライスさんの人気の秘密です。人は、テキストよりも、写真のほうが瞬時に判別しやすいため、写真の質には麦ライスさんならではのこだわりがある模様。

写真は独学、撮影場所は自宅のキッチン、と条件は一般的ですが、「ちょっとした工夫でぐっと見やすくなるはずですよ」と教えてくれる麦ライスさん。ポイントごとに説明していただきました。

【1】ライティングを大切に

クリエイター

東京都内の某レストランの料理長を務める傍ら、Xを中心に活動中。 「ちゃんとおいしい家庭向けレシピ」「役立つ料理テクニック」など、料理が苦手な人でも必ず再現できるレシピを発信。Xで『ゆで卵時間表』が話題になり数々のメディアに掲載。2024年10月現在のフォロワー数は 24.1万人。

フリーライター。『地球の歩き方』や『ことりっぷ』などの旅行誌を中心に、紙・ウェブ問わずさまざまな媒体の企画や取材、編集、執筆を手がける。あるときはインド仕込みのヨガインストラクター、東京 下北沢にある場末酒場のバーテンダーなど、別の姿も。

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