2021年に東京から千葉県佐倉市へ移住してから5年目――。新規就農から数年とは思えないバイタリティで活躍の場を広げている、『一般社団法人フィールズ・フィールズ/フィールズ農園』主宰の茂木紀子さん。自身の農場で開催する季節ごとの農業体験をはじめ、『むぎまめトラスト』や『藁ぼっちプロジェクト』、佐倉市と連携する地域イベントの企画・運営など守備範囲は多岐に渡ります。これらを実現させる手腕は一体どこで培ったのか。周囲の人々を磁石のように引き寄せるヒントを探ります。
目次
『フィールズ農園』を立ちあげた経緯
現在、大豆と麦の輪作をメインに持続可能な循環型の農業を行い、『フィールズ農園』を立ち上げてから2025年8月で2周年を迎えられた茂木紀子さん(以下、茂木さん)。以前は東京に住んでいましたが、千葉県佐倉市で農業をはじめたのには背中を押された出来事があったようです。

「祖父母の終の棲家(すみか)が佐倉市でした。晩年は、私が高校生くらいのとき。そのころから、2人の世話をしていた母と一緒に通っていました。佐倉市は自然が豊かで、歴史ある街並みが魅力です。しかも、都会へのアクセスもいい。とても住みやすい場所だという印象でした。
移住を決めたのは、コロナ禍の影響が大きかったですね。東京で生活をしていることに息苦しさを感じて。夫や子どもと移住先を考えたとき、真っ先に佐倉市のことが浮かびました。昔から農業には興味があったので、転居後は農地探しも同時に始めて、新規就農者になりました」
茂木さんのフィールズ農園では、無農薬・無化学肥料・不耕起栽培(土を耕さない栽培方法)で、「大豆」と「麦」の連作を行っています。この2つの作物を選んだのには、理由があるといいます。
「佐倉市に移住する前に、学習塾の講師をしていた時期がありました。小学4年生の子どもたちに、食料自給率について授業をしたんです。
和食文化に欠かせないみそやしょうゆ、納豆などの加工品は、すべて大豆がなければ作ることができません。ですが、『日本国内での自給率はわずか7パーセントほど』という現状について、その授業で話しました。
そのときに、『今後、アメリカやカナダが、日本に大豆を売ってくれなくなったらどうする? みんなが好きな納豆やお豆腐が食べられなくなっちゃうよね』と問いかけると、子どもたちは素直に、『じゃあ、僕が農家になって大豆を作る!』って言ったのです。
それを聞いて、大人が子どもへ課題を押しつけているだけなんて、ずるいのではないか?と、ふと思ったのです。自分が農家になって作物を作るなら、まずは食料自給率の低いものから作りたいと考えました」
いま、大人たちがアクションをしなければ、次世代へ食文化を継承していくこと自体がむずかしいのではないか……。新規就農をするなら、無農薬・無化学肥料で周囲の自然環境を守りながら、農地を次の世代につなぐことができる大豆農家になりたい、と願ったそうです。
そのモデルケースとなったのは、千葉県匝瑳(そうさ)市にある1300年続く農家、「みやもと山」さん。一般のかたに敷地を開放する『マイ田んぼ』の取り組みや、『大豆トラスト』などの体験型農業で知る人ぞ知る、里山農家(※)でした。
※里山の環境や生態系と調和しながら、持続可能な農業や暮らしを営む農家
『むぎまめトラスト』で食料自給率の向上を
茂木さんが行う『むぎまめトラスト』を語るには、まず、みやもと山さんで実践されている『大豆トラスト』という活動のご紹介を。
大豆トラストとは、消費者が、農薬や化学肥料を使用しない非遺伝子組み換えの安全な大豆を求めて始めた運動。“トラスト”を直訳すると「信頼・信用」という意味のとおり、「消費者の目線で“信頼できる生産者”の農地に対し、資金を提供しながら、農家の安定収入を支えていく」ことを目的としています。
これは大豆の食料自給率向上を目指したもので、1997年に起こった「遺伝子組み換え食品はいらない!キャンペーン」を発端に、全国各地の農家で取り入れられた活動だといいます。
茂木さんは、みやもと山さんの大豆トラストに参加した経験から、自身も佐倉市で、大豆栽培を通して農を介した交流の場をつくりたいと活動をスタート。大豆と麦を軸としたもので、その名も『むぎまめトラスト』。大豆に麦を加えたのにはワケも…。

「私が取り組みたかったのは、無農薬・無化学肥料に加えて、土を耕さず、必要以上の除草もしない『不耕起栽培(※)』でした。不耕起栽培は、近年、土壌の保護やCO2削減の観点から注目されているものの、農業者の取り組み例は限られていてネットでもさほど情報がありません。
※不耕起栽培……田畑を耕さずに作物を栽培する農法のこと
ただ、今まで人類は何百年何千年と土を耕してきたのに、『耕さない』と言うパラダイムシフト(※)を、私はとても面白く感じてしまって。この農法を実践しながら広めたい。そのためには、不耕起栽培の成功例を作りたかった。
※ パラダイムシフト……それまで当たり前とされてきた常識、ものの見方、価値観などが根本からくつがえり、劇的に変化すること
そこで、大豆の裏作(うらさく※)で麦をつくる方法が、まずは取り組みやすいのではと思いました。これは、古来から日本で行われてきた農法でもあるのです」
※ 裏作(うらさく)……主目的とする作物を収穫したあと、次の作付けまでの期間を利用して他の作物を栽培すること

茂木さんは続けていいます。
「“豆で土を肥やし、麦で土を耕す”という言葉があるそうです。大豆は、肥料分の少ない“やせ地”でも育つ優秀な作物です。大豆を含むマメ科植物は、根にある根粒菌(こんりゅうきん)の働きで空気中の窒素を、養分として取り込むことができます。
そのうえ、収穫後も土壌に養分として大切な窒素を蓄えながら次の作物の緑肥(りょくひ※)にもなる。この緑肥を吸収しながら育つのがイネ科である麦なのです」
※緑肥(りょくひ)……主に有機物や肥料成分を供給することを加味して栽培される作物のこと
「麦は地中に深く根を張ります。麦の収穫後も、畑を耕さないことで根がそのまま地中に残り、それがゆっくりと微生物によって分解されて、地中に空気の通り道ができます。つまり、人力で耕さずとも耕された状態(土壌に酸素を送り込める状態)が自然にできあがるのです」
フィールズ農園では、地域資源100パーセントの農業を目指しています。近隣で手に入る自然素材で土づくりを行い、ビニールマルチなどの石油系資材の使用は極力せず、環境負荷の少ない“持続可能な農業”を取り入れているとか。
そして、次に教えてくれた『藁(わら)ぼっちプロジェクト』もその一環なのだそう。

「藁ぼっち」って何ですか?
「藁(わら)ぼっち」という愛らしいネーミングが気になりますが、何を表現されたものなのでしょうか。
「落花生や大豆を、畑で乾燥させるために、野積み(屋外にそのまま積んで保管すること)にしたものを“ぼっち”と呼びます。現在は、ぼっちの雨よけとしてブルーシートが使われていますが、昔は雨よけのために、農家さんが米の稲藁(いなわら)で藁笠(わらがさ)を編み、ぼっちの上にかぶせていました。そこから、“藁ぼっち”という名称になったようです。
落花生は水分が多い豆なので、掘ってすぐ加工することができません。そのため、収穫後は畑で1カ月くらい干す必要があるのです。大豆も同様で、機械を使って短時間で乾燥させるよりも、天日でじっくり干したほうがおいしくなるといわれています」

茂木さんが行っている『藁(わら)ぼっちプロジェクト』とは、その「藁ぼっち」を残す活動のこと。現在は、ほかの生産者のかたがたと実施していますが、最初のきっかけは、「さみしい」という気持ちからだったと話します。

「東京から千葉へ移住してから、“藁ぼっち”の存在を知りました。畑に、大きな茶色いかたまりがいくつもあるのを見て、『あれは何だろう?』と。その一方で、同じ畑に青いビニールシートをかぶせた、同じような山がいくつも点在していました。
のちに、藁笠(わらがさ)の“ぼっち”のほうは、その農家のおじいちゃん・おばあちゃん世代が藁笠を編んで作ったもので、ビニールシートのほうは、後継者である若い世代が作ったもの、ということを知りました。
このままにしていたら、藁笠(わらがさ)の“ぼっち”は途絶えてしまう文化であることを知って、残念でした。藁ぼっちに対してすごく価値を感じたからです。どうしたら残せるのだろう?と考えた結果、農家の人たちと地域の人たちをつなぎ、プロジェクト化できれば、藁笠の“ぼっち”を残すことができるのではないかと思いました」

若い世代の農家さんが使っていたビニールシートは石油由来。環境負荷の観点からも、極力減らしていきたいという、茂木さんの『フィールズ農園』のコンセプトとも合致した取り組みでした。
そこから茂木さんは、近隣農家さんに藁ぼっちの価値を伝えながら、交渉を続けます。そして、賛同してくれた5つの農家さんと地域の参加者で、藁ぼっちのある原風景を維持。毎年2月には、収穫祭のお祝いを開催しているそうです。


市と連携するイベント
企画力だけでは、思い描いたものをカタチにするのはむずかしい。街ぐるみのイベントであれば、なおさら、国や行政との連携も必要になってくるものです。茂木さんは、地域活性化のために尽力されています。その一つが、2024年から開催している『タマルバ~城下町HANGOUT』です。
「佐倉市には、行動力のあるプレイヤーのかたたちが多いんです。そこで、市がそういった行動力のあるたがたを集めて、イベントを開催しようという話になりました。そこで実現したのが『タマルバ~城下町HANGOUT』。
佐倉市の歴史文化のある新町通りを中心に、駅前通り、城址公園までを、個々のプレイヤーたちが同時多発的にイベントを行い、人に集まって交流してもらおう、というものです。
大人も子どもも、食べて、遊んで、くつろげる“たまり場”をつくろう、というのがコンセプト。ネーミングもそこからきています。イベントの認知度も進み、2025年は来場者数が数千人規模になりました」

佐倉市は2023年に、地域ぐるみで有機農業の推進に力を注ぐという、『オーガニック・ビレッジ宣言』を行っています。
そのことから、茂木さんは、『タマルバ~城下町HANGOUT〜』の実行委員をしながら、自らも「オーガニック・ビレッジ・マーケット」というイベントを手掛けました。地域の有機農家さんたちと連携したマルシェで人気だったといいます。
地域の子どもたちが輝くステージを作りたい
ところで、移住して数年の新規就農者の茂木さんが、なぜ市のイベントの実行委員を任されることになったのでしょうか? これには前職での経験値や東京での活躍が活きているようです。
「東京では墨田区両国に住んでいて、10年ほど音楽関係の仕事をしていました。主に、ワールドミュージックや民族音楽系です。時代とともに、CD売り上げの減少と、配信の移行期が訪れていたころでした。
同業者たちがたまたま近所に住んでいて、売り上げとか関係なく、音楽そのもので、もっと地域が楽しくならないかなと、よく話していたんです。そこで、仲間と近所の鞄屋さんの倉庫を借りて、投げ銭ライブのようなことを始めました。そこから、徐々に地域イベントのようになっていって。
そんな中、2011年に東日本大震災がありました。自分の子どもを含め、周りの子どもたちの成長を考えたときに、地域コミュニティの重要性を再確認したのです」
投げ銭ライブから始まった地域音楽イベントは、その後、東京都の芸術文化事業を担う団体「アーツカウンシル東京」の支援を受けることに。そして、「NPO法人トッピングイースト」の発足へとつながりました。
トッピングイーストでは、学校では触れる機会のない、世界中の伝統音楽が学べるプログラム「ほくさい音楽博」の企画・運営をしていた茂木さん。墨田区は、海外でも名高い絵師・葛飾北斎の生誕地。地域の子どもたちに世界中の楽器に触れてもらい、北斎のように、世界へ羽ばたいてほしい、という願いを込めてつけられた名称で、現在も続いています。


「伝統音楽を学んでもらう一方、子どもたちの発表の場を作り、地域全体で応援する仕組みを考えました。練習会には、学校になかなかなじめない子たちも参加してくれて、その子たちが生き生きと演奏する様子を見て、自分のほうが感動させられる場面が多かったですね」と、茂木さん。
「義太夫」や「ガムラン」など、大人ですら知らないジャンルの音楽プログラムの募集だったこともあり、当初は申込者がゼロだったそう。
ですが、開催から3年目を迎えた年、受付開始日には申込者が殺到し、サーバーがダウンしてしまうほどの人気プログラムになりました。5年目には2000人規模の大規模イベントに成長。その経験値が、いまの佐倉市でのイベント企画・運営にも結びついているのがわかります。
茂木さんへの取材の参考にと、『フィールズ農園』のイベントに伺った際のこと。茂木さんのご友人であり、運営スタッフでもあるかたとお話ししたところ、茂木さんの人となりを表すコメントが……。
「とにかく行動が早いんですよね。何かやりたい企画が浮かんだあとに、すぐ動くところは、本当に感心してしまいます。聞いている立場としては、数年後の夢の話かと思いきや、次に会ったときには、すでに実行へ移していることがよくあります(笑)」
茂木さんはそれを受けて、
「最近、自分で気がついたのですが、ナンパ師なのかもしれません。(笑) 素敵だと感じると『プロジェクトを一緒にしたい』と思うので、男女問わず、つい声をかけてしまうのです」
とみんなを和ませます。
長年のご友人含め、前NPOのメンバーたちが『フィールズ農園』の運営に関わっているため、アットホームな会になっているのも魅力です。
自分の好きが社会貢献になる
「今後は、どのような活動をしていきたいですか?」とたずねると、このような答えが返ってきました。
「やはり、農業を盛り上げていきたいというのが大きいですね。人が農を介して集まったり、出会ったりするのは素敵だと思うのです。
都会のかたにも、四季折々の自然に触れてもらえる場を、もっと提供していきたいと考えています。『オーガニック・ビレッジ・マーケット』もその一つでした。生産者と消費者をつなぐ場をもっと作っていきたいですし、そのことで街が活性化したらうれしいですね。自分が好きなことで社会貢献ができたら最高です」
「思いついたら即行動!」という、ご自身の“ナンパ力”を生かしながら、これからも周囲を楽しく巻き込んでいってくれそうです。


2026.01.31
クリエイター
2021年に東京から佐倉市へ移住。一般社団法人フィールズ・フィールズを設立し、環境再生型の協働農園「フィールズ農園」では、種まきから参加できるみそ・しょうゆ作りの体験を開催するなど、農のある暮らしの楽しさを広めている。
「ヒトは食べたもので体がつくられる」をモットーに“食と健康”をライフワークとする。日本の食文化に関心が高く、著書に『おにぎり~47都道府県のおにぎりと、米文化のはなし~』(グラフィック社刊)がある。管理栄養士としての執筆活動にも力を注いでいる。