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料理家・重信初江さんの料理センスの素「食べ歩き」実録

料理家・重信初江さんの料理センスの素「食べ歩き」実録

高丸 昌子, 重信 初江

雑誌、TVなどで大活躍中の料理家・重信初江さんは、食べ歩きが大好き。撮影後の歓談タイムでは、直近で訪れた興味深いお店や、注目のメニューなどの話が飛び交います。重信さんの「食べ歩き」は、国内のお店巡りにとどまらず、海外や、市場・畑巡りも抜かりなし。お話を伺うと、食べ歩き先それぞれに、さまざまなストーリーがありました。

目次

  • 重信初江さんが「食べ歩き」を欠かさない理由
  • とれたて食材に舌つづみ! 食べ歩き実録〈海外編〉
  • 居酒屋で郷土料理を堪能! 食べ歩き実録〈国内編〉
  • 食べ歩きから学ぶ、長く続く店の心意気

重信初江さんが「食べ歩き」を欠かさない理由

家庭料理をベースにトレンドをおさえた各国料理にも精通し、センスあふれるレシピを数多く提案している重信初江さん。Instagramでは、食べ歩きのおいしそうな写真を頻繁に更新しています。この蓄積がアイディアの素となり、仕事にも生きているのでは?

「いえいえ、食べ歩きは趣味なんです。仕事のためってことはほとんどありません。いつも生で食べていた野菜が揚げもので出てくると『揚げたらこんなにおいしいんだ!』という発見があるし、素材の組み合わせがおもしろい料理に出会うと『いつか使ってみたいな』と写真を撮っておくことはあります。でも、〈仕事:趣味〉の割合でいうと、2:8か1:9ですね」

多いときは週4回。少人数で料理とお酒を楽しむ

スケジュール帳には仕事の予定のほか、夜の食べ歩き予定もびっしり。「体重も気になるし、健康面を考えると本当は週2回ぐらいに抑えたい」と笑いますが、多いと週4回は食べ歩き予定が入っているとか。

「お店の予約のほうが仕事の予定より全然早いタイミングで入ることもありますから、夜の予定に支障が出ないよう気をつけて調整しています。エンゲル係数? すごい高いですよ! 衣食住の中で食が断トツです」

共にテーブルを囲むのは、なじみの友人がほとんど。「4人以上になると会話がA班とB班に分かれてしまうのが残念なので」と、ベスト人数は最大3人だそう。気の合う仲間と会って話したい、楽しい時間を過ごしたいという気持ちは大前提ですが、それに加えて「これを食べたいからこの店に行こう!」というはっきりとした目的があって企画することも少なくありません。

楽しい食事には、もちろんお酒も欠かせません。「料理とお酒は絶対に切り離せない!」と断言する重信さんは、基本はワイン派。気に入ったものは取り寄せて自宅のワインセラーに常備し、友人を招いて持ち寄りで家飲みを楽しむ日もあるそうです。

父の「お寿司屋さん」と水曜日の高級中華が原風景

子どものころから料理が大好きだった重信さんは、東京都世田谷区で家具屋を営む両親のもとに生まれました。

「店舗兼自宅だったので台所も狭く、オーブンを置けるスペースすらない。友達の家がうらやましくて。小中学生のころは、家にオーブンがある友達をそそのかして(笑)、その子の家でいっしょにパンやケーキを作っていました」

料理好きは父親ゆずり。パート勤めに出ていた母親に代わって、自宅にいることが多い父親が食事を作ることが多かったといいます。

「子どものころ、よく家で『お寿司屋さん』をやってくれたんです。ネタを並べて、『ヘイ!いらっしゃい!』ってその場で握ってくれ、巻きものも作ってくれたな。貧乏な家具屋だったので外食はたま~にですが、お店が定休の水曜日には近所のお寿司屋さんにも行きました。ときどき、渋谷の高級中華に連れて行ってもらうことも。そこで食べるエビチリや、ダイヤ型にカットされた杏仁豆腐が楽しみでした」

素敵な料理本にあこがれて、料理の道へ

高校を卒業するころには料理の道に進むことを心に決め、服部栄養専門学校の調理師科に進学。でも目指していたのは料理人ではありません。料理研究家・上野万梨子さんや、料理スタイリスト・堀井和子さんの本が大好きで、「料理研究家」という仕事がなにかも知らないころから「こんな素敵な本の料理を作る仕事がしたい」という夢を抱いていました。

当時、専門学校の調理師科のカリキュラムは1年のみ。「わずか1年で西洋料理から中華料理まで、上辺をかるく習っただけでは身につかない。プロの料理家には慣れない」と考え、専門学校卒業後、別の調理師学校の助手の仕事に就きます。 食べ歩きに目覚めたのはそのころでした。

「まだ実家暮らしでお金が使えたので、給料をつぎ込んでいました。ものすごくグルメな先輩といっしょに、車を出してもらっておいしいものを食べるためだけに遠出もしたし、人気のテレビ番組『料理の鉄人』に出演中の鉄人のレストランや、高級寿司店、三ツ星レストランにも行きました。20代で三ツ星なんて身の程知らずだと、行くとわかるんですけどね」

アシスタントとして約13年の修業時代

勤めていた専門学校では助手の任期は5年。その後は試験を受けて講師にならなければならず、もちろんその気はなかった重信さんは退職を決めます。ちょうど進路指導を担当していた上司に相談して、料理研究家への足がかりとなりそうな、かすかな情報を収集しました。料理編集者に会ってみたり、料理スタイリストと仕事をしたことがあるシェフに会ってみたり。そんなとき、「アシスタントを募集している人がいる」と紹介されたのが、料理研究家の夏梅美智子さんでした。

「当時、夏梅先生はCMの仕事が中心であまり表に出られていなかったので、正直お名前を知らなかったんです。でもなにか取っ掛かりになればとお電話しました。下北沢の喫茶店で面接し、とりあえず仕事を見にくればと誘っていただけて。そういえば私が人生で初めて立ち会った撮影は、『オレンジページCooking』別冊の『スパゲティ&パスタ』という本だったんですよ」

2005年に刊行された『スパゲティ&パスタ』。料理家の師匠である夏梅美智子さんのアシスタントとして、重信初江さんが初めて立ち会ったデビュー作

そこから独立までの約13年間、夏梅美智子さんのアシスタントを勤めた重信初江さん。 「最初の2年くらいは怒られてばかりだったのですが、3年目ぐらいでピタリと先生に怒られることがなくなったんです。だから続いたのかな」と振り返ります。

手際のいい仕事ぶりは業界内でも評判でしたが、胸の内には葛藤もあったといいます。

「仕事でごいっしょするまわりの人たちは、例えばスタイリストさんなら2~3年で独立する人もいます。料理家という職業柄、2年で独立は無理だなとは思っていましたが、5~6年経っても独立できないとなると、焦る気持ちもありました。かといって次の先生にと転職がきくような世界ではありませんからね」

その後、無事に独立してからの安定した活躍ぶりは、この助走期間にしっかりと実力を身につけたからこそなのかもしれません。そんな修行時代の息抜きになっていたのは、やはり食べ歩きでした。よくいっしょにごはんを食べに出かけていたのは、掛け持ちで働いていたパン屋のアルバイト仲間。残念ながら当時通ったお店はほとんどなくなっているそうです。

とれたて食材に舌つづみ! 食べ歩き実録〈海外編〉

大の旅行好きでもある重信初江さん。旅先のセレクトに影響するのは、もちろん食への興味。気に入ると何度も同じ国に行くタイプで、お気に入りはフランス、韓国、台湾。ほか上海、トルコ、モロッコなども訪れています。

「20代でパリに行ったとき、お昼はサンドイッチだけというような貧乏旅行は絶対にイヤで、三ツ星レストランに行きました。何もかもがすごくて衝撃的! でもそれ以上に自分たちのみすぼらしさが身に染みて、身の丈に合っていないことを思い知りました。ドレスコードがあるわけではないのですが、それ相当の格好をしていないと、まわりのお客さんから浮いてしまう……苦い思い出ですがいい経験になったことは事実。今はそこまで背伸びをして高いお店には行きませんが、サンドイッチを食べるにしても、今いちばんおいしいといわれているところを調べて買いに行きます」

食文化へのアンテナは、異文化の地でもフル稼働!

「料理本を見るのが好きなので、海外でも本屋はチェックします。買わないこともありますが、絶対に見に行きますね。あと、絶対に行くのが地元の市場。私は野菜や果物には目がないので、現地でしか見ない珍しい野菜があると食べたくなるんです。鮮度も全然違いますしね」

フランスの畑でホワイトアスパラを収穫

フランスで訪れたのは、現地在住のお友達の畑。その旦那様(フランス人)が、趣味で自分たちでまかなえる範囲で野菜を育てており、アスパラの収穫を楽しみました。アスパラは土の中では真っ白ですが、少しでも日に当たると紫か緑になるため、先端だけ色づいているところもなんだかおしゃれ。

「掘りたてをすぐにゆでて食べたのがめっちゃおいしかった! ゆでるときはステンレス製のカトラリー用の水きりかごが重宝しました」

カトラリー用の水きりかごに、アスパラを立ててゆでるという画期的な使い方! 下のかたい部分をしっかりゆでられます
アスパラを収穫している重信初江さん。掘りたての新鮮なアスパラ、みずみずしさは別格!

韓国ドラマで主人公が食べていた衝撃の珍味

人気の韓国ドラマの主人公の好物として、話題になる以前から注目していたというケブル(ユムシ※)。

「韓国でどうしても食べたかったのがこれ! 開いてお刺身にし、ごま油や塩、酢が入ったコチュジャンをつけて食べます。味は貝そのもの。コリコリしてすごくおいしいんですよ」

クリエイター

出版社勤務(飲食業界専門誌、育児誌、料理誌、女性誌など)を経て、フリーランスの編集者・ライターに。食や生活まわりのテーマを中心に、雑誌・書籍・WEBなどで執筆。人物インタビュー、市井の人への取材も大好き。お茶する時空間をこよなく愛する。

料理家。服部栄養専門学校調理師科を卒業後、専門学校の料理助手を経て、料理家・夏梅美智子氏に師事。独立後は雑誌、TV等で活躍し、著書多数。家庭料理をベースに、現代的なセンスを盛り込んだ作りやすいレシピが人気。洋食、中華、韓国料理など各国料理にも精通。

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