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研ぎ師・動画クリエイター 包丁料理人おいりさんの包丁愛

研ぎ師・動画クリエイター 包丁料理人おいりさんの包丁愛

おいり, 児玉 知子

料理をするうえで欠かせない「包丁」ですが、料理好きの人でも、こだわりを持っている人は意外と少ないのでないでしょうか。包丁料理人おいりさんは、そんな包丁の魅力を少しでも多くの人に伝えようと活動されています。今回はそんなおいりさんに、料理に目覚めたきっかけや包丁への思い、見られる動画の作り方を伺いました。

目次

  • 包丁・料理との出会い
  • 料理人から研ぎ師へ
  • 包丁料理人が語る、包丁の魅力
  • 見られる料理動画をつくるコツ
  • 包丁の魅力を世界へ

包丁・料理との出会い

包丁料理人おいりさんが包丁に興味を持ったのは、高校生のころ。進路に悩んでいたときに、たまたま日本料理屋で包丁を触らせてもらい、料理人の道を目指したそうです。

「親しくしていた日本料理屋の大将に進路相談をしたところ、『一回包丁を触ってみるか』といわれ、厨房に入れてもらったんです。

じつはぼくの祖父も料理人ではあったのですが、料理をしている姿を見たことも、手料理を食べたこともなく。ぼく自身、それまでまともに料理をしたことがありませんでした。

ほぼ初めて、よくある三徳包丁ではなく、きちんと手入れされた和包丁を握らせてもらい、切り方を教わって野菜を切ったのですが、そのとき雷に打たれたような衝撃を受けたんです。

それは包丁の見た目もそうですし、重さ、持ったときの心地よさ、質感、切れ味のよさ、切られた食材の断面。そのすべてに感動し、今後は包丁をずっと使い続ける人生でありたいと思いました。そうなると自ずと職業は『料理人』に。高校卒業後、調理師専門学校に進学することを決めました」

料理人から研ぎ師へ

専門学校では日本料理を専攻していた、包丁料理人おいりさん。卒業後はそのまま母校で講師を勤めます。

「在学中のオープンキャンパスで高校生に料理を教えていたところ、先生たちに『教えるのが上手だから、1回先生になってみたら』といわれたんです。卒業後の進路に悩んでいた時期だったので、せっかくならチャレンジしてみようと、そのまま講師になりました」

そこでも包丁の魅力を再確認する出来事があったそう。

「料理と向き合っていると、料理の技術はもちろん、包丁研ぎの技術もいっしょに上がっていきます。そのとき、しっかり手入れされた包丁で切ると、食材の味が変わることに気がついたんです。ほとんどの人が味つけするとき、塩を加えたり、砂糖を加えたり、調味料をたすことで味を変えると思うのですが、『包丁で切る』というその工程でも味を変えることができるんですよ。

食材本来の味を引き出す、といったほうがいいですね。どういうことかというと、『切る』という工程そのものが、食材の味を変えてしまうんです。手入れされていない包丁で切ってしまうと、食材を傷めるので雑味やあくがでる。本来の味わいをどんどん損ねてしまいます。

これが手入れされたいい包丁だと、最小限の傷みで抑えられるので、食材本来の味わいをそのまま楽しめるんです。わかりやすいのはにんじんとトマト。驚くほど甘いんですよ。玉ねぎも、いい包丁で切ると涙が出ません。

そう考えると、ほとんどの人が、傷んだ食材の味しか知らないんじゃないでしょうか。これって、すごくもったいないですよね」

これほど重要な「包丁の手入れ」ですが、残念ながら、多くの調理師学校では包丁の勉強というのがなく、独学で身につけるしかないのだそう。そこで、改めて包丁を一から学ぶべく、包丁屋さんへの転職を決意されました。

大阪・堺で働いていたころの包丁料理人おいりさん
大阪・堺で働いていたころの包丁料理人おいりさん

「ぼくが就職したのは、刃物産地で有名な堺の包丁屋。そもそも包丁屋の仕事は大きく分けて、【1】焼き入れ(鍛治)、【2】研ぎ、【3】刃つけ、【4】柄つけ、【5】販売、という流れで行います。ぼくがそのお店で担当していたのは、研ぎから販売。鍛治だけやっていませんでしたが、興味はあったので、自分で鍛冶屋に行き、独学で勉強しました。

研ぎ師をしていると、当たり前ですが、さらに研ぎの技術が上がります。すると、料理の腕も上がり、食材をより薄く切ることができるようになるんです。食材の断面の美しさに見惚れ、『この喜びをぼく一人で味わうのはもったいない、たくさんの人に伝えたい』という思いが日に日に強くなりました。

そこで包丁屋を辞め、フリーランスに。今はSNSを通じて、包丁の魅力を伝える活動をしています」

包丁料理人が語る、包丁の魅力

「切れ味」には「切ることによる味」という意味もある

現在は「包丁の魅力を世界に伝える」というテーマで活動されている、包丁料理人おいりさん。改めて包丁の魅力を伺いました。

「包丁で料理の味が変わる。これに尽きるのですが、そもそも包丁の『切れ味』とは、切れ具合のことだけでなく、『切ることによる味』のことでもあるとぼくは思います。

そもそも料理をするうえで、『包丁で切る』という工程は欠かせません。その理由は、火を通しやすくするため、口に運びやすくするため、いろいろありますが、そこでいかに味を落とさないか、ということが大切です。

ぼくが伝えたいのは、『料理をおいしくするには、調味料以外に包丁を変えるという選択肢もあるよ』ということ。そのためには、包丁の手入れが必要です」

料理人であると同時に、研ぎ師でもあるおいりさん。そんなおいりさんの研ぐ魅力とは?

「研ぎって、簡易研ぎ機などを使うと2~3分で終わってしまうのですが、砥石を使って本来のやり方で行うと20~30分かかります。これをめんどうと感じるのもわかるのですが、研ぐことで包丁の切れ味がよくなるのはもちろん、研ぐ楽しさも感じられるようになるんです。

何年か前に、フェンシングのオリンピック選手が包丁研ぎをルーティンにしていると話題になったのですが、包丁を研ぐことで心も研ぎ澄まされるんです。ヨガや瞑想に近いですね。自分を見つめ直す時間として包丁研ぎをする人もいます。

ぼくの場合は、料理をおいしくするために研ぐのですが、人によっては『研ぎ』そのものを目的にしている。おもしろいですね」

人生を変えた「むきもの包丁」

そんなおいりさんの包丁コレクションは70本以上。包丁に合わせて砥石も使い分けているそう。

「いちばん思い入れのある包丁は、むきもの包丁です。専門学校に入学すると包丁を支給されるのですが、このむきもの包丁は『この包丁がほしい』と思ってアルバイトをしてお金を貯め、初めて自分で買った包丁です。

包丁料理人おいりさんの思い入れのある「むきもの包丁」
包丁料理人おいりさんの思い入れのある「むきもの包丁」

名前のとおり、野菜や果物の皮をむくのに特化した包丁なのですが、日本料理の登竜門といわれる『かつらむき』という技術は、この包丁がないと極められません。ぼくはこの包丁を使った動画がバズり、メディアで取り上げてもらいました。この包丁のおかげで人生が変わったといっても過言ではないですね」

「砥石にもいろいろな種類があるのですが、一般的に使われているものは『角砥石』。そのなかでも『人造砥石』と『天然砥石』があります。

人の手でつくられたものか、天然の石を削り出したものか、という違いなのですが、先に結論をいうと、天然のほうが研ぐ技術を必要とするぶん、うまく扱えば包丁の切れ味が格段に上がります。

人造砥石には、紙やすりと同じように1000番や2000番などの数字が割り当てられています。これは目の荒さを表していて、荒さが決まっているぶん扱いやすくはありますが、限界があるんです。

一方、天然砥石はそれが決められていません。どこの山でとれたか、要は産地によって細かめ、粗めなどの違いはありますが、研ぎながら出てきた泥を育てることで、どんどん細かく研げるようになるので、限界がないんです。

もちろん技術はいりますが、ぼくは天然砥石を使うことが多いですね。ちなみに先ほどのむきもの包丁には、硬めで目が細かい天然砥石を使っています」

包丁料理人おいりさんの砥石コレクション
包丁料理人おいりさんの砥石コレクション

見られる料理動画をつくるコツ

クリエイター

日本料理講師(辻調理師専門学校)、堺包丁研ぎ師を経てフリーランスの「包丁料理人」に。包丁研ぎ師、飾り切り職人、メディアでの活動を通じて「刃物、砥石、食事の大切さ」を伝えている。2023年11月現在、包丁77本所有。

フリーライター。大学卒業後、編集プロダクションを経て、フリーランスに。インタビューや生活まわりの記事を中心に執筆・編集を行っているが、基本的には「なんでも書きます」の雑食系ライター。

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