食の仕事をするうえで欠かせないのが「食材の購入」。レシピの考案、試作、撮影などを続けることは、膨大な食材を買い続けることでもあります。作る料理にも影響してくる大事な作業を、日々どんなふうに行っているのか。長年第一線で活躍する料理研究家・武蔵裕子さんに、食材調達についてのこだわりやエピソードをお聞きしました。
目次
- 撮影に使う食材は、自分の目で見て選びたい
- スーパーで「普通だけれどいい食材」を吟味
- 食材へのこだわりは「自分らしい料理」を作るため
- 売り場を歩くと「食の流行や旬の食材」などもわかる
- ネットスーパーを使いこなすコツ
- 季節外の食材の調達にはさまざまな苦労が
- 材料費の管理は封筒で
- 仕事に見合った食材の質や量を見極める
撮影に使う食材は、自分の目で見て選びたい
料理研究家として20年以上のキャリアを持ち、雑誌や書籍、企業のメニュー開発などさまざまなジャンルで活躍している武蔵裕子さん。プライベートでは双子の息子さんを育て上げ、同居されている親御さんとの3世代の食事を長年担い続けてきました。
そんな生活のなかから生まれたレシピは、幼児食から子育てママに役立つ時短レシピ、シニア世代もラクに作れる料理など、幅広い世代の日々の食卓を豊かにするものばかり。多くの読者から支持されています。
昔から、撮影で使う食材にはこだわりがあったという武蔵裕子さん。「食材は自分の目で見て選びたい」という思いが強かったと語ります。ここ数年でネットスーパーも活用するようになりましたが、それ以前は玉ねぎやじゃがいも1個から、すべての食材を基本的に自分1人で購入していたとか。アシスタントに任せることもほとんどせず、スーパーだけでも3軒は回り、さらに個人商店、デパ地下など、車を運転して、あちこち買い回っていたそうです。
スーパーで「普通だけれどいい食材」を吟味
“撮影用の食材”というと、肉屋、魚屋などの専門店や高級スーパー、デパ地下など、特別に高級なものを使っているのでは? というイメージがあるかもしれません。しかし、武蔵裕子さんの食材の主な調達先は、ごく普通のスーパー。高級スーパーやデパ地下には、間違いのない高品質な食材がありますが、立派すぎる食材は、逆に撮影に適さないこともあるといいます。
「レストランで出す料理ならば、どんないい食材を使ってもいいのでしょうけれど、私が提案しているのはあくまでも家庭料理ですから。肉でも魚でも、スーパーのパックに入っている大きさや厚さが基準だと思います」
こんなこともあったのだそう。「近所にいいお肉屋さんがあるので頼んでおいたら、すごく厚くて大きな、とんかつ用の豚肉を出してくれて。薄切り肉を頼んだら、やけに長くて大判なお肉が出てきてしまって」。
結局、その肉は撮影では使わずに、一般的なスーパーで買い直したそうです。
「そのお肉屋さんが、私が料理家なのを知っているので、気をつかってがんばってくださって。こちらがていねいに説明すればよかったのでしょうけれど……」と苦笑い。
自宅からほど近いデパ地下にも、魚介が充実しているところがあります。季節によっては脂ののった大きなぶりの切り身や、大粒のあさりなども手に入りますが、「写真になったときに、ぶりはぶりらしく、あさりはあさりらしく見えるサイズがやっぱりいいんですよ」
たしかに、雑誌や書籍でみる料理が自分の見慣れたサイズの食材で作られているからこそ、「これだったら作れそう」という気持ちもわいてきます。立派すぎる肉や魚の料理だと、毎日のおかずとしては敬遠されてしまうことも。レシピを見た人が料理を作ったら「写真の仕上がりと違う」ということにもなりかねません。
野菜に関しては、以前は近所の個人商店も頼りにしていましたが、最近は武蔵裕子さんの自宅周辺では、元気のある商店が減ってしまったそうです。そんな経験もあり、「スーパーをいくつも見て回り、そのなかからいい食材を探す。足りないものや必要があるものは、個人商店やデパ地下などにも足を運ぶ」が、食材調達の基本になっています。
食材へのこだわりは「自分らしい料理」を作るため
自分の目で食材を選ぶことにこだわっているのは、いくつかの理由があります。ひとつめの理由は「自分が作りたい料理を安心して作るため」。
たとえば、「しゃぶしゃぶ用の豚の薄切り肉」とひと言でいっても、スーパーによって、厚さがさまざまです。すごく薄い、紙のような薄切りにしているスーパーもあれば、けっこう厚切りで、薄切り肉と大差がないようなものも。家庭料理ならば気にしない程度のことでも、撮影で作る料理となると仕上がりに差が出てしまうと言います。
「たとえば、豚しゃぶサラダを作るとき、肉を柔らかくふわっとした感じに仕上げたいと思っていても、肉の厚さが少し厚いと、柔らかくおいしそう! という感じにならないんですよね。肉じゃがみたいな料理でもそう。脂の入り具合が少ない、堅そうな牛の切り落とし肉で作ってしまうと、やっぱりそれが仕上がりにも出てしまう。じゃがいもと肉がうまくからまって、見るからに『おいしそう!』と思えるように作るには、脂の入り具合や厚さなど、微妙なところが大事なんです」
魚の切り身や貝類などは、立派すぎるのも困るけれど、かといって貧弱すぎるのも撮影には不向きです。野菜でいえば、さまざまな種類やサイズのあるトマトも、大玉トマトやミディトマト、ミニトマトなど、料理によって適したサイズに気を使います。
一見、どれも同じに見えるようなミックスリーフにもこだわりが。肉のつけ合わせなどでは赤いリーフが入っていると見栄えがよくなるので、そこも注意しながら選ぶのだそうです。「料理にあった最適な食材を選びたいし、自身の好みもあるので。自分の目で見て選んでおくと、安心して仕事に臨めるんです」
今のようにネットスーパーが一般的になる以前から、都内の高級スーパーでは宅配のサービスをしているところもありました。ファックスで事前に注文しておけば高品質な食材を届けてくれるので、活用している料理家も多かったようです。武蔵裕子さんも知人からアドバイスされて、試したこともあるそうですが「好みの形ではない魚の切り身が来てしまった」のだとか。
自分らしい料理ができないし、結局材料費をむだにしてしまうことにもなると感じたそうです。「品質が悪いとか、そういうことではないのだけれど……難しいわよね」と語る武蔵さん。撮影で作る料理には、料理家として表現したい“おいしさ”があります。それをイメージ通りに仕上げるためには、「自分で素材を見て、選ぶ」ことが欠かせないのです。
売り場を歩くと「食の流行や旬の食材」などもわかる
食材売り場を見て歩くことを大事にしているもうひとつの理由は、「食の流行や旬、価格などの感覚がわかるから」と、武蔵裕子さんは言います。
「スーパーを歩くと、そのときどきの食の情報がリアルにわかるんですよね。鶏肉ひとつにしても、スーパーによってはブランド鶏を扱っているところがあったり、力を入れている商品が違ったり。旬の食材にしても、こんな早い時期から出回るようになっているのね、と気づくことも。調味料や加工食品なども、どんなものが人気なのかを知ることもできます」
こうやって、まめに近隣の食材情報に触れていることで「鶏肉はAのスーパーがいいけれど、ハンバーグを作る合いびき肉ならBのスーパー、少量でもいいお肉が欲しい場合はCのお肉屋さん」などと、作りたい料理に合わせて食材を選びやすくなります。新しいレシピを提案するうえでも、売り場から発想のアイディアを得ることもあるのだとか。
「地方に旅行に出れば、地元のスーパーや市場を見て回るのが大好きです。でも、そういった食材情報のリサーチも仕事の一部だと思っているので、どんなにネットスーパーが便利になってきていても、『全部宅配で』という気にはならないんですよ」
ネットスーパーを使いこなすコツ
クリエイター
双子の息子と、両親の3世代の健康を長年支えてきた経験から、基本をしっかり押さえながらも合理的で作りやすく、体にやさしい料理を提案。雑誌・書籍などで活躍するほか、企業のメニュー開発も手がける。魚焼きグリルを活用するレシピも発信しており、自他ともに認める“グリラー”でもある。
フリーライター。ファッション誌編集部などを経て、オレンジページに入社し、広告編集、ネット編集などの部署で10数年在籍したのち独立。現在は料理・生活まわりの記事の執筆・編集、電子書籍の制作を行う。近著に書籍『オレンジページPlus』シリーズ。