食・料理業界でもケータリングのファンが多い「食堂いちじく」。お店の名前ではなく、料理家・尾崎史江さんがお一人で活動されている屋号です。少しハードルが高く感じる「精進料理」というジャンルで活躍する尾崎さんですが、従来のイメージを覆す色鮮やかな見栄えとおいしさで大人気。精進料理に目覚めた経緯と、その愛される秘密を取材しました。
目次
- 精進メニューが大人気の「食堂いちじく」
- 尾崎史江さんの考える「精進」とは
- コツをおさえて精進料理をもっと身近に
- 斬新なおいしさで女性の心をつかむ「小どら」
精進メニューが大人気の「食堂いちじく」
「食堂いちじく」として、料理教室やケータリング、飲食店のメニュー開発、フードディレクションなどで精進料理の魅力を紹介している尾崎史江さん。発酵食品や油を巧みに使った精進メニューは、淡白で質素な精進料理のイメージとはほど遠い、華やかな見た目と奥深い味わいのものばかり。体にやさしいのに食べごたえもあって、しかもおいしいという満足度の高い料理が、年齢性別問わず幅広い層に愛されています。
尾崎史江さんと精進料理の出会いは、故郷である岐阜県のお寺。境内にあるカフェギャラリーへ展示を見に行った際に調理補助の募集を見つけ、もともと料理が好きだったこともあり応募してみたのだそう。ここで精進料理作りに携わり、尾崎さんは旬菜や乾物のおいしさや滋味深さに魅了されていきます。
「調理のメインはお料理上手な主婦のかたで、季節に沿ったコース仕立てのランチをお出ししていました。ここでは、ストイックになりすぎず、動物性のかつおぶしも少しだけだしに使っていましたね。どのお料理も私にとっては新鮮でしたが、なかでも主菜に登場したさまざまな “もどき料理”が印象的でした。がんもどき(飛竜頭)、うなぎもどき、かきフライもどき、あわびもどき……。あたかも本物さながらの仕上がりに驚かされたものです」
うなぎもどきは、水きりした豆腐とやまといもを混ぜたたねを焼きのりに塗って、香ばしく焼いたもの。かきフライもどきの正体は、野菜のなす。一度焼いてから昆布だしに浸したものを、ころもをつけて揚げるのだとか。
この経験をベースに、尾崎さんの知識と感性がプラスされ「食堂いちじく」は誕生しました。
尾崎史江さんの考える「精進」とは
「菜食」という意味では精進料理もヴィーガンも同じですが、ヴィーガンは卵や乳製品を含む動物性食品を食べないだけである一方で、精進料理では、煩悩を刺激するといわれるにんにくやねぎ類、にらなども口にしません。
「精進料理は元来、食べることや料理することも“修行の一環である”とした、修行僧のための食事であったといわれています。“殺生しない”とは、動物に限らず植物にも尊い命があり、その生命をいただく気持ちで食材に敬意を払い、料理し、食べることで、自然との調和を図り、身体と心を整えるというのが精進料理の考え方。だから、ふだん捨ててしまうような野菜の皮や根も、精進料理では余すことなくていねいに調理していただきます」
食に対する姿勢の原点ともいえる極めてシンプルな考え方ですが、私たちが忘れてしまいがちなこと。慌ただしい現代生活の中でいかに食をないがしろにしてきたか、はっとさせられます。
「精進料理だから肉も魚も卵もNG! と頭ごなしにネガティブな考えにならず、旬の野菜をおいしく取り入れ、身体が元気になるような食のスタイルとして気軽にとらえていただきたいですね」 と、尾崎さんは精進料理の哲学をやさしく紐解きます。
精進料理では、肉や魚の代わりに植物性たんぱく質である豆腐や厚揚げ、テンペなどの大豆製品やお麩を使います。大豆ミートも手軽に購入できるようになりましたよね。車麩や生麩はグルテンの弾力を活かして、肉や魚に引けを取らないメイン料理を作ることができるそう。
クリエイター
料理家。故郷である岐阜県の寺で精進料理を学び、旬菜や乾物の味わいや滋味深さに魅了される。カフェのメニュー開発などを経て、現在は「食堂いちじく」の名で、ケータリングやイベントで精進料理を提供。レシピ開発や飲食店のフードディレクション、料理教室も行う。
フリーライター。『地球の歩き方』や『ことりっぷ』などの旅行誌を中心に、紙・ウェブ問わずさまざまな媒体の企画や取材、編集、執筆を手がける。あるときはインド仕込みのヨガインストラクター、東京 下北沢にある場末酒場のバーテンダーなど、別の姿も。