
子どものころから白米よりも豆腐が好きだったという工藤詩織さん。現在は「豆腐マイスター」として、豆腐の魅力やその食文化の研究・発信に力を注いでいます。そんな工藤詩織さんに、好きな食べ物への情熱を仕事に変えた経緯や、時代も国境も越える豆腐のポテンシャルについてお話を伺いました。
目次
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- 「豆腐好き」から「豆腐のプロ」に
- 大学院を中退し、本格的な活動をスタート
- 「往来(おうらい)」を屋号に豆腐文化の発掘と発信
- 豆腐のポテンシャルは高い!
「豆腐好き」から「豆腐のプロ」に
とにかく好き嫌いが多かった子ども時代
幼いころから豆腐が大好きだったという工藤詩織さん。なかなか渋い好みですねと伺ったところ、それにはなんとも子どもらしい理由が。
「白米よりも豆腐が好きだった、というのは本当なんですが、少し語弊があって(笑)。じつは白米が苦手だったんです。ごくごく一般的な家庭で、両親もそこまで食へのこだわりが強いわけではありません。兄が二人いて、食卓にはどちらかというと肉料理が並ぶことが多かったのですが、なにせ私は好き嫌いが多くて……。白米もその一つでした」

そこで救世主となったのが豆腐! もともと豆腐などの大豆食品が好きだったそうですが、白米の代わりに豆腐を食べるようになったのだとか。
「給食でも食べられないメニューが多かったので、いつもお腹を空かせて家に帰っていました。家では、おやつ代わりに豆腐や蒸し豆、炒り豆をスナック菓子のように食べていたんです。大豆食品のおかげで生きてこられたといっても、過言ではありません(笑)」


大豆は「畑の肉」とも呼ばれる、栄養価の高い食材。五大栄養素がバランスよく含まれています。好き嫌いが多いと栄養も偏りがちですが、大豆食品が好きだったのは救いだったのかも、と工藤詩織さん。
「ありがたいことに、両親も協力的でした。近所に豆腐屋さんがあったので、早起きの父が毎日、豆腐や豆乳を買ってきてくれたり、母といっしょにスーパーに行くと、好きなお豆腐を選ばせてもらったり。今考えると、そのころからすでに『豆腐を選ぶ』という感覚を持っていましたね」
スーパーで豆腐を買う際、多くの人は迷わず「いつもの豆腐」を選びがち。しかし、棚にはいろいろな種類の豆腐が並んでいます。その日の気分や合わせる料理によって、「今日はこのメーカーの、この豆腐」と選ぶ楽しみがあってもいいはず。豆腐を主食のように食べていた工藤詩織さんだからこそ、子どもながらにその楽しみに気づいていたのかもしれません。
コンプレックスを長所に
とはいえ、「豆腐好き」も、もとをたどれば「好き嫌いが多い」のが原因。ご自身のなかではコンプレックスとして、こっそり楽しむ趣味のようだった、とのこと。しかし、大学生になったころ、その情熱が開花していって……。
「当時私は、海外で日本語の教員になることを目指していたので、語学留学ができる大学に入学。最終的には大学院まで進みました。そんなとき、ふと『海外でも豆腐は食べられるのか?』と心配になって。これは私にとって致命的な問題。そこで豆腐について調べ始めました」

また、日本語教員は日本語だけでなく、日本の文化も教える仕事。ひな祭りや節分などの行事ごと、お寿司やおそばなどの食文化、昨今はアニメや漫画などの知識も求められます。
「それゆえ、何か自分の得意な技術や知識があると非常に強みになるんです。日本語教員には、日本舞踊や茶道、華道を嗜んでいる人も多いようですが、当時の私はもうハタチ過ぎ。新たに技術を身につけるのには時間がかかるし、なにより今さら始める勇気もなく……。
でも、豆腐ならもともと大好きだし、歴史や文化にも興味がある。これは日本語教員として働くうえでも、自分の強みになりそうだと思いました」
「豆腐マイスター」とは?
そんなときに出会ったのが「豆腐マイスター」。まるでタイミングを計ったかのように、2015年に「一般社団法人日本豆腐マイスター協会」が設立されます。
「この資格を見つけたのは、本当にたまたま。ネットの記事を目にしたんです」
とはいえ、最初は「すごく怪しい!」と疑いの目で見ていたそう。その理由は、昨今の資格ビジネスブームでもたびたび話題となる「費用」でした。
「今では理解も納得もしているのですが、当時の私は、豆腐の資格に3万円(現在は約4万円)も払うべきなのか悩みました。学生にとっては大金です。ただ、この資格はどんな人が取るんだろう、どんなことを教えてくれるんだろうと、いろいろ興味が湧いてきて。思いきってチャレンジすることにしたんです」
ちなみに、豆腐マイスターの資格取得には、どのような勉強をするのでしょうか?
「よく勘違いされるのですが、豆腐屋さんを目指すための資格ではありません。あくまで、豆腐が好きな人が豆腐のスキルを高めて、日々の暮らしにどう取り入れるか、未来にどう伝えていくかを学ぶためのものです。
地域に根づく食育の担い手を育てること。豆腐の価値を高めつつ、豆腐を通して食育活動を行って、豆腐の食文化を未来に継承していくこと。こういったことが、豆腐マイスターの目的です。
そのため、勉強の内容は、大豆の種類や製法の違いや地域ごとの特徴など、豆腐の文化や歴史に関することが中心すね。家庭のミキサーで作れる豆腐の作り方も教わりました。
学べば学ぶほど、『豆腐って奥深い』と感じられたし、本当に勉強してよかったです」

その後、修了試験も見事にパスし、晴れて「豆腐マイスター」の資格を取得。時を同じくして、大学院に進みます。
「ちょうど『絶対、日本語教師になる!』と思っていたころ。スロベニアに1年間、日本語教員として派遣されることも決まり、留学の準備をしていました。スロベニアで豆腐の知識を披露できるようにと、予行練習のつもりで豆腐マイスターの活動を始めたんです。
講座で学んだことを復習するために、海外の人たちが集まるシェアハウスでいっしょに豆腐を作ったり、ご近所さんや友人で持ち寄った豆腐を食べ比べたり。小さなワークショップのような感じでしたね。もちろん、当時はそれがいまの仕事につながるなんて思っていませんでした」

しかしここで、当時の工藤詩織さんには思ってもみなかった話が舞い込みます。
「豆腐マイスター協会の代表から、『テレビに出演して、今スーパーで買えるおすすめの豆腐や、町で手に入るおいしい豆腐を紹介してほしい』という連絡をいただいたんです。
そのとき初めて知ったのですが、私は当時、最年少の豆腐マイスターだったそうです。番組側にとっても、『学生の豆腐マイスター』という肩書きがキャッチーだったのかもしれません。
昼間に放送される情報番組だったので、授業の休み時間を使って生放送に出演。これが、豆腐マイスターとして初めてお金をいただいた仕事になりました」
大学院を中退し、本格的な活動をスタート
最初は、別の夢を叶えるための足がかりとして始めた活動。しかし、テレビ出演をきっかけに、工藤詩織さんのなかで気持ちの変化が現れます。
クリエイター
幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐がいつも暮らしの中心にある無類の豆腐好き。日本語教師を目指して勉強する過程で、食文化も一緒に伝えたいと「豆腐マイスター」資格を取得。国内外で手作り豆腐ワークショップや食育イベントを実施し、各地で豆腐文化の啓蒙活動を行っている。
フリーライター。大学卒業後、編集プロダクションを経て、フリーランスに。インタビューや生活まわりの記事を中心に執筆・編集を行っているが、基本的には「なんでも書きます」の雑食系ライター。